その日まで 紅雲町珈琲屋こよみ

著者 :
  • 文藝春秋 (2011年5月24日発売)
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本棚登録 : 294
感想 : 54

前作を読んだのはやっぱり2年ほど前。そのときにこの本も一旦は手にしてるけど、読めないまま返却しました。
今回の第何次かわからん読書ブーム(笑)に至り、すぐにリクエストをかけました。

前作はゆっくりゆっくり読んだけれど、この本はものすごいいきおいで読んだ。
あれあれどうした、2年前にはなかなか「消化しきれない」と、思ったはずの内容が、39才になったらすこし受け入れられてるのか(笑)!

とにかく、面白かった!
「著者の本は、そう易々と読めないんだよね・・・」
なんて構えて読み始めたせいか、拍子抜けするくらいスルスルと入ってきて、また前作より面白かったと思う!
もちろん、次もリクエストしますよ!! ^^

お草さんについてとか、小蔵屋についてだとかはもちろん覚えていたけど、
「お草さん離婚歴ありて!」
とか
「良一くんて!!」
とか、忘れていた設定がかなり重くてびっくりしました。
ちゅうか逆に、そこらへんがこのシリーズのキモなんかもしれへんので忘れてる私のほうがどうかというところか。

前作を読んだときにも思ったけれど、私も結構年ととったと思います! (どーん)

自分の見える物事だけを信じて、自分の正義だけを守るために戦うなんてことは、もうできない。
それよりも、何かが起こったときに、何かの判断をする前には「見方角度を変えると」と、いうことを常に口にするようになった。
(また今年は同じことを唱える方とほぼ毎日ご一緒する機会に恵まれたので)

口にするってことは、まだまだ私には板についていないのだけれど、自分のものさしだけでは物事ははかれない。
そして
「自分のものさしは正しい」
と、思って、自分の正義だけを信じている人を相手にするほうが余程骨が折れるのだとも、今年一年でほとほと身にしみた。

そのくせ、誰かに対して何か憤るようなことがあったとしても、
「相手と同じ土俵にあがるな」
とも、何度も何度も口にした。
同じように喧々諤々と言い合ってもなにも解決しないから、文句はいうなと。文句をいうひまがあるのなら、解決の仕方を考えろと、やっぱり何度か唱えた。

とはいえ、やっぱり唱えるってことはつい文句を零してしまい、結果
「相手と同じ目線に立って文句をいうてても始まらない」
と、自分を制したり、またたしなめてもらったりして
「はっ」
と、気付くことも多くて、それからやっと相手の立場に立たねばならなかったり、または相手を同じようにいがみあっていても仕方がないから、その次のことを考えねばならなかったり、柔軟さというのは思いやりと紙一重なんだなと思いました。

・・・なので、余計にこの話が身につまされたのかも・・・。

確かに、このお話ほど私の日常はファンタスティックではありませんけれどもね(笑)!!

でも、10年前の私やったら間違いなく
「はっきりしないオチやなー・・・」
と、なんともいえない読了感を持て余したんやろうな。

作中にもあったように、解決できないことに自分で折り合いを付けて、たくましく生きることが今の私には羨ましい。
たくましいというのか、したたかというのか、しなやかというのか、まだまだ人生経験の浅い私にはそういうものが足りない。
もしかしたら私はセンスがないので、いくら年齢を重ねてもそんなふうには生きれないのかもしれないけれど、とにかく「解決できないこと」ばかりのお話でした。

けれどいつも見る風景が愛おしく見える夜だってある。
毎日が忙しいときは、ただ過ぎていくだけが精一杯だったり、翌日のことばかり考えてしまうのだろうけれど、ほんでそういう生活もとても大切だとは思うけれど、たぶん今の私は、ほんの少しだけゆとりがあるんやろうなあ。
いい意味でも、悪い意味でも。

何かを解決したいと思えないくらい忙しいほうが、気持ち的には楽かもしれない。
でも年齢とともに、空虚な気持ちが忙しさに勝っていくのかも。
そんなことを想像してしまえるくらいには、私も年齢を重ねている。

だって10代のころの自分と比較しても、きっとあの頃の私にはそんなことは想像できないから。


以前私が本を読んで感想を書いていたころは、付箋を貼りながら読んでいました。
「ここ、感想に書きたいな」
と、思うところにぺたりぺたりと付箋を貼っていたので、感想を書くのも楽(?)やったのだけど、今回は付箋は貼らないと決めております。

感想というより、
「この本を読んだ」
ちゅうような備忘録的に書こうと思っているので、文字数も100文字程度で・・・、とか思ってたんやけど、無理やな(笑)!

この本は
「付箋、貼ろうかな~」
とかためらいながら読みました(貼らんかったけども)。

先日読んだ「タレーラン」とはまた違う意味で、いきつもどりつしながら読みました。
あの時、あの登場人物はどんなふうに物をいったっけ、どんな風にお茶を飲んだっけ、と、いうことを戻って確かめながら読み進めました。

それって、作中で何か物事が起こってから。
何か起こったときに
「ああ、あの時あの人が確か」
と、戻って確かめて
「やっぱり」
と、思う。

読書ならそれが
「この著者は、細かいところまで書いているなあ!」
と、膝を打ちたいだけですむけれど、実際の世の中はそういうわけにはいかないんだよね。

あの時あの人はああしてたよね、なんてあとで振り返っても時間は戻らんわけで・・・。

なんちゅうか、やっぱりセンスって大事やね。
人や物を、もっとしっかり見ようと思いました。

しっかり見るのはできるもんね。
それに対してどう判断するかは、やっぱり経験やセンスが物を言うのかもしれへんけれども(笑)!

(2015.05.04)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年9月10日
読了日 : 2015年5月4日
本棚登録日 : 2016年9月10日

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