血の歌

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  • 毎日新聞出版 (2021年12月25日発売)
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血の歌

著者:なかにし礼
発行:2021年12月25日
毎日新聞出版
初出:サンデー毎日2021年12月26日号、2022年1月2・9日合併号

謎の歌手、森谷王子(もりやおうじ)は私の娘なのです。私の二番目の娘、美納子なのです。
そう言いたい衝動にしばしば駆られるが、中西正一はこらえる。
(中略)
王子の歌う「ぼくの失敗」という歌が、テレビの金曜ドラマ「教師の恋」の主題歌に採用され、番組の高視聴率とともに、王子の歌も爆発的に売れはじめた。

「森谷王子」を「森田童子」に置き換えるとすぐ分かる。
「ぼくの失敗」は「ぼくたちの失敗」であり、「教師の恋」は「高校教師」であることが。

謎のシンガーソングライター森田童子の父親は、中西正一。中西正一は作詞家・作家のなかにし礼の兄。つまり、森田童子はなかにし礼の姪だった。――昨年12月にこの本が出版され、この事実が判明したことにより、多くの人々が衝撃を受けた。中森明夫や伊藤彰彦といったカルチャー系の有名ライターもその衝撃を筆に残している。ただ、検索してみると、2018年の時点で一部の人からはそう推測されていて、当時のツイッターやミクシーでの書き込みが見つかる。

あとがきを礼の子息(中西康夫氏)が書いているが、2021年夏に著者の妻が遺品を整理していると机の引き出しから原稿が見つかり、原稿の原本をとっておくことさえしなかった礼がわざわざ人目につくところに残していた点を考え、出版を思いついたという。康夫氏は、執筆年次を1995年、代表作「兄弟」の習作として書かれたものと推定している。

実の兄・正一をモデルにした小説「兄弟」は、ビートたけし主演でテレビドラマ化もされ、正一の常軌を逸した行動によって、礼も金銭的な負担や汚名を着せられるという大きな迷惑を被った過去が世間に知れ渡るところとなった。

立教大学に通い、映画や文学に精通し、ダンスが得意、男同士の遊びも人後に落ちない、まさにスマートで理想的な青春時代を送っていた兄・正一。映画監督を目指していたが、時代に呑まれるように陸軍特別操縦見習士官の道に進んだ。単独飛行の最後の訓練のとき、機械の不調を訴えるも換えてもらえずそのまま離陸。不時着して飛行機から投げ出されるも、一命は取り留める。しかし、「天皇陛下から賜った」大事な飛行機を燃やしてしまい、しかも助かったと批難の目を向けられてから、人生の歯車がうまくかみ合わなくなる。戦後は、博打のような事業展開に何度も失敗して借金生活。

そんな中で、次女がシンガーソングライターとしてデビューすることに。なかにし礼と女性音楽プロデューサーが、本人(森田童子)の出自や身分を隠すことにした。おじさんの七光りで世に出たくないという本人の希望に加え、反体制、非体制、アングラでマイナーなところから出発させたいというプロデューサーの思惑もあった。そして、礼とプロデューサーは、正一に娘のことはしばらく忘れてくれ、蒸発したと思ってくれ、とお願いをする。

正一は、次女(森田童子)が小さな頃、祭りに連れて行き、箸の先についたメロン色のアイスクリームを買い与えた。手は引いていなかった。娘は転んだ。箸の先が口にささり、メロン色が血の色になった。それでも娘はアイスクリームをなめ続けた。
そのことを小説では父親・正一は最後まで忘れず、こだわり続ける。あの時、オレが手を引いていれば・・・
きっと、娘の歌は「血の歌」に聞こえたのではないか。小説の締めくくりには、そう思わせる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年3月11日
読了日 : 2022年3月11日
本棚登録日 : 2022年3月11日

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