ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

  • みすず書房 (2012年3月23日発売)
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ピダハン(Pirahã)というブラジルはアマゾンの中で暮らす少数部族。20年以上にわたって、何度も村を訪れては生活を共にし、学んだ著者の記録である。

ピダハンへの理解が進むにつれ、自身の信仰に揺らぎが出る、人生が大きく変わって行く著者の物語でもある。

ゆる言語学ラジオで特集されていたのが面白かったので、読んでみた。結果、すごく面白かった。このあたりのジャンルの本、もっと読んでみようかなぁ。



宣教師として、家族とともにピダハンの村で暮らしはじめる。が、まずは言葉を覚えなければ何もできない。言語学者でもある著者は、彼らの言語・文化を調べ始める。

ピダハンの人々は、みんながみんなそれはそれは幸せそうで、どの顔も笑みに彩られ、ふくれっ面ややふさぎ込んだ顔はいない。大人も子供も、著者に興味しんしんだ。

辞書も文法書も、なんならYouTubeなどの動画素材まで充実している言語ですら、外国語というのは習得がなかなか難しいのに(私だ、、)、文字すらない未知の言語をイチから調べあげるなんて、想像しただけで気が遠くなる。

でも、その過程を私は著者とともに、ただ本を読むだけでたどって行くことができる。言語学者のフィールドワークを追体験できる貴重な本なのだ。

彼らは名前が長い。もっともよく登場するいちばんの言語の師匠は、コーホイビイーイヒーアイ。そして、何かの節目で名前を変える。彼はティアーアパハイと変えた。精霊から名前をもらうのだそうだ。全く別の人間に生まれ変わるのだ。前の名前で呼びかけても返事をしてくれない。

ピダハン語には、関係節がない。また、修飾語は1つ。2つ以上になると、文を分ける。

「おい、パイター、針を持ってきてくれ。ダンがその針を買った。同じ針だ。」という。
英語なら「ダンが買ってきた針を持ってきてくれ」のひと言で済む。

この、関係節で文を入れ子構造にできることを、リカージョンと言う。ピダハン語にはリカージョンがない。

ピダハンは、直接体験したことしか信じない。これは、ピダハンの生活、言語を体験して行く上で著者がひしひしと感じていたことだ。

ピダハン語にも慣れ、聖書の翻訳にとりかかり、いくつかピダハンに説教を試みる。

聖書は、大昔に起こったとされる奇跡・物事が伝聞された書物で、実際に今の人々が体験したことではない。なので、やはりピダハンはいくら信じた方が良いと説得されても信じようとはしなかった。

そういったことに著者は心を揺さぶられた。そして、キリスト教の伝道師たる自身の信念にも疑念を抱きはじめた。それから20年もの間、隠れ無神論者として過ごし、打ち明けた結果は、家族を失うこととなってしまった。

言語と文化はセットで互いに影響を及ぼしている、と言うのがこの本の大まかな主張(だと思う)。

ピダハン語には「心配する」に対応する語彙がない。著者は過去30年あまり、アマゾンの他の部族の調査も行ってきたが、ピダハンほど幸せそうな様子の部族は他にない。ピダハンの村にきたMITの研究グループも、これまで出会った中でもっとも幸せそうな人々だ、と評する。

著者が当初宣教しようとしていたキリスト教の教徒より、他のどんな宗教の人々より、ピダハンは類をみないほどに幸せで充足し切った人々だ。
そんな締めくくりで終わった。

ピダハン語の音源をYouTubeで見つけて聞いてみたが、めちゃくちゃ難しそうだ。これを聞き取れるようになる気がしない。著者の根気に改めて敬服する。

本の途中、言語学的観点から難しい文章が延々と続く章があるが、その辺は目が文字の上を上滑りしているだけだった。。。何もわからん。日本語さえ。。。

しかし、とにかく面白かった!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月11日
読了日 : 2023年8月11日
本棚登録日 : 2023年7月31日

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