江戸〈メディア表象〉論――イメージとしての〈江戸〉を問う

著者 :
  • 岩波書店 (2014年5月30日発売)
3.83
  • (2)
  • (1)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 50
感想 : 6

 人々は歴史的な「事実」を語るときには、必ず「物語」として語る。歴史(
ヒストリー)と物語が同じ語源から来ていることからも明らかだが、語りはまったくの捏造ではなく、ある事実を語り手の頭の中で再構成して物語られているからだ。すなわち、明治時代から戦後、現代まで、それぞれの時代の語り手が、その時代、時代の価値観で、近世の事柄を語っているのだ。その典型が、江戸時代に対する戦後の否定的な見方から、最近の「江戸天国論」のごとき評価への極端な転換だろう。(p.13)

 今は時代劇で「越後屋」と言えば、悪代官と結託した悪徳商人であり、小判の賄賂を忍ばせた饅頭を贈って権益を得ようとするイメージが強い。だが、江戸時代にはこのような芝居はなかった。それらは、明治以降につくられた新しい演劇、さらには時代小説や映画、テレビの時代劇の中で表彰されてきたものである。とくに大坂商人の「がめつい」イメージは、戦後のテレビ草創期に脚本家の花登筺によって生み出され、定着してしまった。(p.62)

 各国の帆船の能力が向上し、かつ諸外国の内情(たとえばアメリカにとっては南北戦争後の「工業化」)によって、東アジア諸国に対して、ヨーロッパだけではなくアメリカも支配的な貿易圧力をかけなければいけなくなったからである。これに対して幕府が自らを守るために軍事力で対抗しようと一時的に意識を高めたとき、「鎖国」という政策が急激に強調されたと言うべきではないだろうか。つまり、「鎖国」は最初から一つの完全なお触れとして出されたものではなく、実質的には江戸時代末期のごく一時期にその政策を表面化されたものと言っていいだろう。だが、長い間、とくに第二次世界大戦以後の長期にわたって、江戸時代が暗黒の時代であったというイメージを人々に与えるのに便利な「術後」として、「鎖国」は日本史の教科書から時代小説、テレビドキュメンタリーに至るまで、多くのメディアによって強化されてきたのである。(pp.97-98)

 今日に生きるぼくたちが行わなければならないことは、歴史記述がそれを語る時代からみた「物語」であることを認識したうえで、江戸時代を日本国内の武士階級の政治史、制度史として閉鎖的にとらえるのではなく、東アジアの海に存在する日本列島に居住した人々の生きた物語として、グローバルに、かつその時代を生きた普通の人々の生活の視点から見直すことではないだろうか。それは江戸時代が暗黒の時代であったというものでもないし、江戸が地上でもっとも豊かだったユートピアということでもない。そのどちらでもなく、江戸時代の日本列島における各地の文化を相対化して読み解き、それを世界史規模の視点からとらえ直すことに他ならない。(pp.106-107)

 皮肉なことに、近代化や科学技術の進歩が求められていた時代には、龍馬や源内が進歩に貢献した人物として英雄的に仕立て上げられたし、その限界が見えてきた現代では、むしろ規範から逸脱した奇妙なキャラクターとして憧れの対象となっている。このイメージ転換は、龍馬や源内にかぎらず、江戸文化についてのメディア表象が、江戸時代の歴史的事実や個々の人物の史実にもとづくものではなく、それをとりあげる社会がそのときどきの都合によってデフォルメした、結果としての表象であるということを意味している。そしてそれはとりもなおさずその時代の社会の「病理」を期せずして語ってしまっているということでもあろう。(pp.148-149)

 明確にしておかなければならないのは、今日の日本の技術の多くは、決して江戸時代から直線的につながっているものではないことである。むしろ、明治時代初期に、江戸時代に蓄積された様々な技術を意識的に切り捨て、西欧の技術を無条件に吸収しようとした結果が、良い悪いにかかわらず、日本の今日の技術につながっていると考えるべきだ。(p.190)

 少なくとも今日、私たちがみている「江戸文化」は、江戸時代のそれではなく、現代日本社会を肯定するために編集されたイメージの産物が多いことを、まず認識しておくべきであろう。(p.222)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年10月9日
読了日 : 2017年10月4日
本棚登録日 : 2017年10月4日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする