華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF フ 16-7)

  • 早川書房 (2014年4月24日発売)
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一気読み!
本を読むことも持つことも禁じられた世界で、本を燃やす役目を負わされている主人公が本の価値に目覚めていく話。特に、本を読むのが好き、という人にはぜひ、手に取ってほしい!そして、本なんか読まなくても生きていける、と言っている人や、まとめサイトで十分、と思っている人にも!!

第一部はなかなかストーリーが進まない上に詩的な(のかな?翻訳の問題?)言い回しが多くて読み進むのに苦労したけど、その先は息もつかせぬ展開。
謎の少女、味方と見せかけた敵(しかもボスなので御禁制品の本をたくさん読んでいる)、味方になってくれるおじいさん、森に潜むレジスタンス、と道具立ては割とベタなんだけれど、異様なのは主人公の妻。作品に深みを与えているのは、主人公とこの妻の関係だと私は感じた。「壁(と訳されているけれど、むしろスクリーンでは?)」に写る映像と垂れ流しの音声にのめり込んで、生身の旦那なんかいてもいなくても同じになっている、というあたり、スマホをいじりながら向かい合わせに、あるいは並んで座っているカップルみたいでゾッとする。妻の上に原爆が落ちるまで主人公が彼女の存在感を少しも実感できずにいるところも、災害に遭って急に絆に目覚める人たちのようで、ザワザワする。

そうした不気味な人物や関係をたっぷり描写しておいた上で、「何で本を読むのか?」という素朴な問いに、作者は、例えば次のように答える。

ーーわれわれは記憶しているのだ、と。長い目で見れば、それがけっきょくは勝利につながることになる。そしていつの日か、充分な量を記憶したら、史上最大のとてつもなく巨大な蒸気ショベルを作って史上最大の墓穴を掘り、そこに戦争を放り込んで埋めてしまうんだ。(p.273)

背景にはアメリカ社会に根深く蔓延る「反知性主義」への危機感があるのだと思われる。日本のそれ(アンチフェミとかアンチリベラルとか)とは違って、ただのヘイトクライムじゃなく宗教的な理念があるヤツだから、非常に厄介らしい。だからなのか、英米文学におけるディストピア文学では、必ずと言っていいくらい「本の禁止」が設定として盛り込まれる(『1984年』『すばらしき新世界』『侍女の物語』など)。そうした声に対する、結構直接的な問答がこの作品では章ごとに繰り返される。引用したのは、元大学教授でレジスタンスのリーダー的な人物の言葉で、主人公一行が原爆の爆風に晒された後のセリフ。性懲りも無く戦争が起こるのは、反知性主義的な側面が人間にあるからだ、という主張。
ヒトラーだって読書家の側面は持っていた。けれど、ヒトラーに対抗する知性もまた、読書によって培われなければならない。例えば、ヒトラーの演説における各種の引用が極めて恣意的で、論理が破綻しているということには、引用元の書物を読みこなせるだけの人で無ければ気づけない。
旧ソ連による四年間の抑留生活を送って生還した祖父の口癖は「頭の中にあるものは誰にも盗られない」だった。尋常小学校にしか通わせてもらえなかった祖父は、帰国後、独学で一級ボイラー技師の資格を取って会社を起こした。祖父の遺した書籍は膨大で、ボイラー関係だけでなく、戦争や日中関係などにまつわるものから仏教関係、古典全集と幅広い。決して知に誇る人ではなかった。けれど、本がどれほど価値を持つものかは生き方を見れば分かった。この作品に登場するレジスタンスの老人たちは、その祖父の姿に重なるものがある。

人生には過酷な瞬間や時期がある。その支えに、その先の希望に繋がるのは、本だ。

ーーほら、すごいぞ、遠くを見てみろ。おれの外の世界を、おれの顔より向こうにある世界を。……いつか世界をつかみとってやる。いまはやっと指が一本かかったところ。ここからはじめるんだ。(p.269)

主人公の熱い決意に、その思いを強くした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年3月30日
読了日 : 2021年3月30日
本棚登録日 : 2021年1月24日

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