外交官の文章 --もう一つの近代日本比較文化史 (単行本)

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  • 筑摩書房 (2020年6月24日発売)
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本書は芳賀さんの遺著の三冊のうちの一冊で、幕末以来の日本人外交官(あるいは外交に当たった文人たち)の文章のすばらしさを論じたものである。その最初は攘夷運動の盛んな中、日本を愛したオールコック。これは芳賀さんの最初の著作『大君の使節』(中公新書 1968)につながるものである。続く栗本鋤雲は旧幕系の成島柳北、福地桜痴とならぶ明治の文人で、『郵便報知新聞』の編集主任をしたが、同時に外交畑に新出、徳川昭武についてパリ万博まで行って来た人物である。芳賀さんはフランス留学から帰ってまもなく鋤雲の著作に出会い、鋤雲に畏敬の念まで持つようになる。続いて、芳賀さんのライフワークの一つである久米邦武の『米欧回覧実記』。これも芳賀さんがフランスから帰国してすぐ本郷の古書店で大枚3000円を投じて買ったものだという(その値打ちはわからないが、その気持ちはよくわかる。今なら10万円?)こういう書物との出会いを、しかも身銭を切って買ったという記述を入れてくれると親近感がわく。実は、ぼくは芳賀さんには北京で会ったことがあったのだが、なんとなく近づきがたく、著作はいくつか読んだもののそのままになっていた(氏の親友である平川祐弘氏とはすぐに懇意になったが)。『米欧回覧実記』は芳賀さんにとって青春の書だという。それは、それまでの明治維新の記述とはまったく違う明るいものを感じたからだった。これがおそらく東大の比較文学の人たちに通底するものだろう。このあたりまでの明治人の文章は読みづらいが、読み続けるとだんだん読めるようになるし心地よさを感じたりする。不思議なものだ。このあと、冷めた目で日本を観察した清末の外交官黄遵憲の『日本雑事詩』、フランスからの詩人大使クローデル、英国大使館員ジョージ、サンソンとその妻キャサリンなどが登場するが、なんといっても圧巻なのはやはり、日英同盟を結んだ林董、日清戦争の戦後処理の交渉を李鴻章とした陸奥宗光、日露戦争後の交渉に当たった小村寿太郎とロシアのウイッテとの息を呑む外交折衝で、それは読者をその場にぐいぐい引き込む迫力がある。まるで、自分もその時代に生きているような気にさせられるのだ。最後は吉田茂とその妻雪子。吉田はイギリスやイタリアにも在勤するが、中国勤務は12年にもわたった。軍人嫌いの吉田にとって、軍人が跋扈する中国は不快なものだったろう。その妻雪子は華やかなヨーロッパでの外交官夫人の役割を果たすも、ガンで52歳で亡くなった。

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感想投稿日 : 2020年7月9日
本棚登録日 : 2020年7月9日

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