塩狩峠 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1973年5月29日発売)
3.89
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裏表紙に清々しいまでのネタバレ。

自身の結納を明日に控えた青年が、自分も乗る列車の脱線事故から乗客を守る。
自分の命と引き換えに。
その悲劇を知ったうえで、話は信夫の幼少期まで遡る。

利かん気が強く聡明な少年、信夫。
自分よりキリスト教を選んだ母への複雑な気持ち、尊敬する父の死、吉川とのかけがえのない友情、ふじ子との恋。
色々なことを経て、信夫の心の成長とキリスト教への信仰の芽生えが読む者の心を真摯にさせる。

最後の方は信夫が聖人すぎて、少し置いてきぼり感…ラストも個人的には正直好きではない。自らの命を投げ出すことが美化されすぎていて、婚約者・ふじ子のことを思うと辛かった。

キリスト教の教えが詳しく知れて、勉強になった。

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◉吉川との友情
特に印象に残っているのは、北海道に住む吉川が母妹を伴って東京に出てきて、信夫の家に泊まったその日の夜の会話。

「良いことと知りながら、それを実行するというのは何と難しい事なのだろう」

「全く君の言う通り、人間って不自由なものだねぇ」

若者らしい伸び伸びとした物言いとまじめに人生を見つめる姿。
彼らよりずっと歳を重ねた自分でも、こんな風に考えたりはしてこなかった。

特に足の不自由な妹・ふじ子を思いやって
「世の中の病人や不具者は人間の心にやさしい想いを育てるために、特別な使命を持って生まれてきたのではないだろうか」という吉川には心を打たれた。


◉ふじ子の人生を思うと辛い
その後、北海道の鉄道会社で働く信夫はふじ子への想いを意識するようになる。
嫌っていたキリスト教への気持ちも変化していく。

仕事は良くでき、仲間を思いやり、酒や女遊びもしない。休みの日は教会で先生をしている。たった一着の制服をどこへ行くにも着ていく。
当時難病と言われていた肺炎を患ったふじ子を、嫁に貰いたいと吉川に訴える。
初めは信夫の将来を思い断っていた吉川も、彼の想いが本物と知り、ついに二人の結婚を認める。

そして明日、ついに結納…
そんな時にあの事故。読む方は結末が分かっているのでもうドキドキしてしょうがない。

酷だなぁと思うのは、ふじ子のこのセリフ。
「信夫さんって神様のために生き、神さまのために死ぬことにしか生きがいを感じていらっしゃらないと思うの。
信夫さんが何より欲しいのは、ただ信仰に生きることだと思うの。」
自身も熱心なキリスト教信者である彼女は分かる。分かってしまう。
自分を残し、乗客の命を助ける方を選んだ信夫の気持ちが。

どうして私だけ。
病を克服し、やっと幸せになれると思ったのに。
他人の優しい心を育てる使命とか知るか
どうして私を選んでくれなかったの…!

こんな風に取り乱すことさえ、ふじ子には許されなかった。
信夫の死によって感激し、キリスト教に入信する乗客たち。美しすぎる物語だ。

でも私は、今まで苦しさを微塵も感じさせず信夫の前で笑顔でい続けた、ふじ子一人のために生きて欲しかった。

キリスト教は他人に一番大切なのもをあげてしまうことが愛だと言う。
私には絶対にできない。
そう思って、信夫の感情と距離を置いてしまった読後でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年8月9日
読了日 : 2021年7月29日
本棚登録日 : 2021年5月5日

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