柩の中の猫 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1996年6月28日発売)
3.53
  • (20)
  • (25)
  • (65)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 203
感想 : 32
3

小池真理子さんの本は私の中で大きく二つに分かれます。
サスペンス・ミステリー系の話と恋愛小説と。
この本はそのどちらの要素ももっていて、小池真理子さんのあらゆる作品の要素を少しずつ散りばめた、複合的なイメージを感じる小説でした。

人気画家でありながら世間と隔てた生活を送る老女とその家の家政婦。
何年も同じ家で時を共にしながら会話のほとんどない二人。
ある日、その家に一匹の猫が迷い込む。
老女はその真っ白な猫を見て、若い頃の自分の話を家政婦に語り始めた。

1955年。
当時20歳の老女は画家を目指し、函館から上京し、東京の知人のもとに身を寄せる。
その知人とは、美術大学の講師である30歳の男性とその娘の二人暮らしの金持ちの家庭。
彼女はその家で小学生の娘の家庭教師兼家政婦をして居候させてもらう事になる。
やがて魅力的な主の男性に恋をし、人見知りで大人びた娘に情愛を感じるようになった彼女。
三人はお互いの感情を抱えながら、いい距離を保ち、いい関係を保っていた。
そこにいつも一緒にいたのは娘の可愛がる「ララ」という猫。
真っ白なその猫に娘は亡くなった母親の姿を重ね、溺愛していた。
だが、その平穏な空気感は一人の女性の出現によって壊される。
バービー人形のように完璧な容姿をもつその女性は主の婚約者であり、猫が苦手な彼女の出現により少しずつ全ての関係が歪み始めていく。
そしてある意味、必然的に事件は起きた。

これ、似たようなシチュエーションを何度もこの人の小説の中で見た、と思いました。
世間と距離をもつ画家の老女と家政婦。
金持ちの家に居候する女性。
魅力的な男性とまだ幼い女性との恋。
大人びた幼子。
そして、猫。
この材料がどれだけこの人の話に出てきただろう。
読んでいてデジャブのような感覚になる本でした。

老女は家政婦に語った事件がもとで絵に対する情熱を失ってしまう。
所が、皮肉にもそうなってから彼女の絵は世間に評価され売れたのだと言う。
彼女は情熱を失ったと言うけれど本当にそうだろうか?
その替わりに得たものがあったのだと私は思う。
芸術というのは心の表現であり、そこに表現された人間的な深み、内面に人は感銘を受けるのだと思うから。
まして、何十年も罪の意識を背負ってきた彼女は誠意ある人柄だと私は思った。

この作品では「小鬼」という表現がとても印象的でした。
音もなく降る白い雪。
そこで密かに行われた悪意。
それを色彩的に、イメージとして、はっきりと見せてくれる言葉。
作品全般に静けさと共に色彩を感じる本でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小池真理子
感想投稿日 : 2013年7月7日
読了日 : 2013年2月1日
本棚登録日 : 2013年7月7日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする