夜を賭けて (幻冬舎文庫 や 3-1)

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  • 幻冬舎 (1997年4月1日発売)
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感想 : 19

開高健、小松友京らが活写した。大阪アパッチ族なぞ在日朝鮮人の視点から描ぐ
       
 JR大阪城公園駅を降り、駅から広大な森林公園を一望する。正面には改装された大坂城がそびえ、左手には巨大な亀の甲のような大阪城ホールがどっしりと腰をすえている。 黒く澱んだ猫間川向こうにはツイン21などの高層ビル群が林立しているのが見えた。
 52年前の8月14日、アメリカ空軍は、日本がポツダム宣言を受諾すると分かっていたにも拘ず、この広大な撒地に建っていた大阪造兵廠を猛爆し、跡形もないほど破壊しつくした。
  多量の爆弾を食らった大阪造兵廠は、不発弾が多く危険だという理由で長い間放置されていた。城東線(環状線)に乗る人は、電車の窓から、焼けただれた鉄骨や崩れ落ちた建物の瓦礫が盛り上がる荒涼とした風景を眺めていたのだ。
  敗戦も10年たった頃、瓦礫に埋まった鉄屑を盗品する者が現われ、アパッチ族と呼ばれた。取り締まる警官と彼らとの間に壮絶な戦いが繰り広げられる。
 今回はアパッチ族の戦いを在日朝鮮人の視点から描いた梁石日の「夜を賭けて」を紹介しよう。
 梁石日は1936年大阪生まれ。主な著者に「タクシードライバト日誌」「夜の河を渡れ」など。各賞を総なめにした映画「月はどっちに出ている」の原作者といった方が分かり易いかもしれない。
  「夜を賭けて」は詩から始まる。「……猫魔河の泥沼を船で渡ると/数十本の巨大な煙突が聳え立つ/造兵廠跡にやってきた/空間の気流は粘液のように/焼けただれた鉄骨や/爆破した煉瓦や/ぼうほうとしげる雑草をとりまいている/しだいに霧がおおいかぶさり/地下に眠りつづけていた国籍不研者たちが/重い石棺の蓋を押しあげ/ツルハシを背につきからつぎへと/廃墟の地上に現れた…」
 さて、舞台は猫間川沿いにバラック小屋を建てて住みついた在日朝鮮人集落。一人の婆さんが、廃虚から拾ってきた金属が5万円で売れた話から始まる。時代は日本始まって以来の高景気といわれた、神武景気が終わり「なべ底」不況へと転落した1957年頃である。
 集落の老若男女は、婆さんの話に飛びつき我先に廃虚での盗掘を始める。が、これにあわてた造兵廠の管理者である近畿管理局は警備を強化したことから、守る方と盗む方の壮絶な攻防戦となるのだ。
 昼間が目立つなら夜の暗闇に、道路を遮断されれば猫関川を船で渡るなどと、縦横無尽の活躍を重ねる。
 梁石日により活写された在日朝鮮人の生活と、この攻防戦の様子の面白さはピカーである。「月はどっちに出ている」と同質の面白さといったら分かってもらえるだろうが。しかし、彼らは次第に警察に追いつめられ、ついに主人公のひとり金義夫まで捕まってしまう。金義夫は証拠不十分で釈放されるが、大村収容所に送られてしまう。
 作品はここから後編になるのだが、作品の技法もがらっと転換する。収容所の中での「北」と「南」の民族争い。差別されているうっぶんを差別者となることでしか気をはらせない大村収容所の役人。在人朝鮮人を減らす目的で建設された日本のアウシュヴィツツ大村収容所の実態。読み進むほどに、自分があまりにも当時の在旧朝鮮人が置かれた実態を知らなかったことに、重い気持ちになってくるが、そこに義夫を慕う初子が彼を救い出すために単身長崎にやってくることで、純愛小説の様相を持ち始める。初子は一人で救出に乗り出す。
  このアパッチ族の戦いは、大阪出身の作家によほど深い印象をあたえたのか、開高健は「日本三文オペラ」を、小松左京が日本アパッチ族」を発表している。3作を続み比べれば分かるが断然「夜を賭けて」が面白いと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本ー文学
感想投稿日 : 2011年11月12日
読了日 : 2011年11月12日
本棚登録日 : 2011年11月12日

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