岩館真理子自選集 (3) えんじぇる 集英社文庫―コミック版

著者 :
  • 集英社 (1996年9月1日発売)
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感想 : 8
5

この本を読んだせいか、幼い頃は「お見合い」に対してかなりの憧れがあった。無論、現実ではこんなにうまく行きっこないことぐらい分かっている。が、それだけに主役の二人は運命級の出会いを果たしたんではないかと思う。夫婦っていいな、誰かと一緒にいることで得られる幸せっていいな、と思わせてくれる味わい深い作品。とはいえ、個人的に岩舘作品の中では比較的へヴィーな方に分類されるんではないかと。自分ではない誰かに執着するということは、それだけでも大変な不安を生みだすものだし、何より主人公のスウがかなり情緒不安定な性格なので、「誰かを信じて心を預ける」ことの大変さをまざまざと見せつけられる。とにかく、自分の弱さに振り回される彼女も大変だが、何よりそれに付き合わされる周作やつくしが気の毒だ。何せ、結婚してからお互いを知り、一から「恋愛」を始めなければならないのだから。それでも、やっぱり「この妻にしてこの夫有り」なんだと思う。周作でないとスウは駄目になったし、多分、周作の方もスウがいなければもはや生きてはいけない生活になってしまっているんだろう。

あらすじとしては次の通り。付き合っていると思っていた大学の先輩に、ただ遊ばれていただけだったことを知ったスウは、ヤケ酒ならぬヤケ結婚で、18歳にして見合いの席で出会った会社員の周作と電撃入籍する。そこから始まるぎくしゃくとした関係。初めは衝動に任せた適当な結婚だと思っていたのに、可愛い娘も生まれ、自分の方だけがどんどん相手を好きになっていくことに不安を感じていくスウ。とにかく、このスウが面倒くさい女なのだ。傷つきやすく、マイペースで、世間ズレしているのにそれを自覚していないようなところがある。大体元彼への当てつけで結婚する辺り正気の沙汰ではないが、それだけに新しく関係を持った今の夫に対して今少し素直になれないところがあるのだ。クールで完璧な周作。優秀な商社マン。およそ世間の理想に近いはずの夫を前にして、どこか身構えた姿勢を取ってしまうスウ。一度裏切られた経験がトラウマのように染みついてしまって、彼女は新たな愛に踏み出すことができない。周作の方は両手を広げて待ち構えているというのに。とはいえ、彼も彼でちょっと不器用なところがあるので、それが伝わりにくくなっていることも読者としてはひどくもどかしい。

そんな不格好な関係の二人だが、娘も生まれ、「家族」としての形が徐々に整ってくる中で、ようやく「恋人」らしい感情を通わせ合うようになる。互いへの不信が払拭され出したところで生じる嫉妬、それは相手への執着が始まったことを示す証だ。娘のつくしのように夫の前でみっともなく泣いて、そこでようやくスウは飾らない自分を受け入れようとする周作の包容力を理解する。元彼とのトラウマから脱する糸口を得る。周作も周作で必死だ。妻の過去を知るだけに、いつ彼女がかつての絶望に立ち戻るかと気が気ではないのだ。本当に、お互いがお互いを愛するというだけなのに、それを認め合うことの難しさと言えばいかばかりか!信じれば裏切りの可能性が生まれる。付け入る隙が生じ、そこに傷つく余地が発生する。それでも、恐れているばかりでは前に進めない。よろめきながらも、スウと周作はつくしと三人で支え合って生きていくことを決意する。

何と言うか、つくづくと「愛すること」の難しさを思い知らされる作品である。最後はハッピーエンドだけれど、そこに至るまでスウも周作も大分堂々巡りをする。そして、それに巻き込まれるちいさなつくしちゃん。娘のつくしの存在がなければ、この二人もこれほど素直にはなれなかったかもしれない。子どもというのは、目に見える融和の象徴だ。二人が(少なくとも一度は)愛し合ったことの確かな証拠だ。なんとも無邪気な彼女の存在を通じて、面倒くさい大人たちは徐々に「家族」らしくなっていく。腹立たしいこともあるし、もどかしいことこのうえない性格を抱えたキャラクターたちばかりだが、それでも結局はみんな愛しい。頑張って、一生懸命に生きている。そんな彼らが報われる世界を描いてくれる。岩舘先生の作品は、不器用な人間に優しい世界を、いつだって潰えぬ希望と共に描き出して、私たち読者を安心させてくれる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 漫画
感想投稿日 : 2010年2月15日
読了日 : 2010年2月15日
本棚登録日 : 2010年2月15日

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