選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子

著者 :
  • 文藝春秋 (2018年7月17日発売)
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ノンフィクション作家であり、「セックスボランティア」の著書を持つ河合香織さんの著。

出生前診断という言葉を成人した人なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。妊婦が胎児の染色体異常について出産前に知るための検査のことです。

本書は、出生前診断を受けて陰性と伝えられた女性が、誕生した我が子がダウン症だった事例について裁判を起こしたことがきっかけで聴取が開始され、様々な立場からこの事柄についての視点を提示する本となっています。

女性は「診断結果が陽性と知っていれば、人工妊娠中絶を選択した確率が高く、そうなれば児の得た苦痛は無かった」とし、そのことに対する損害賠償請求を行いました。
それに対する医師側弁護士とのやりとりや著者が傍聴席で聞いた一連の流れから「出生前診断とは」というところに焦点をあてて本文が進行してゆきます。

「様々な立場」と書きましたが、具体的には
・我が子が「ダウン症」だとわかっていたら産まなかったという人(妊婦とその夫、妊婦の父)
・ダウン症の児を里子に出した女性
・ダウン症の児を里子として預かり、育てる人
・無脳症の児を出産した人
・出生前診断に関わる医師と看護師
・ダウン症当事者
・裁判にて医師側弁護を務めた弁護士
このような人々です。

出生前診断というものがどういうものか、仕組みは理解できても実際に当事者になってみなければ分からないものだな、と私自身思っていたのですが、当事者であっても(本文中の言葉を借りるなら)「決断というのは、迷って迷って、崖に落とされそうになって、最後の指一本でつかまっているギリギリのところで決めるもの」だということを知り、最後まで正解もなければ強制されたり、周囲から指摘されることでもないのだなと、今更ながらに考えが至りました。

本書は上記の裁判を中心とした構成になっていますが、「人工妊娠中絶」や「ダウン症」「正常変異」「優生思想」(とくに優生思想は歴史的側面について詳細に記載されています)、「母体血清マーカー検査」「レスパイトケア」など関連する項目について(全く医療の知識のない人間でも)わかりやすく記載されています。
ずっと心の片隅にあったモヤッとした疑問の正体は「優生学」に基づくものなんだ、ということが分かり個人的には腑に落ちた本でした。

著者も何度も試みた結果叶わなかったわけですが、この件に関わった医師本人から聴取ができていたら、今後出産を控えた人のみならず、ほぼ全ての人間がこの問題に向き合うきっかけとなり得た本ではないでしょうか。
(”医師”という立場からの視点を補完する目的として、本書では別の医院の医師からの聴取が記載されています)

大変勉強になりました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: レビュー済
感想投稿日 : 2019年11月6日
読了日 : 2019年11月6日
本棚登録日 : 2019年11月6日

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