怒り(上) (中公文庫 よ 43-2)

著者 :
  • 中央公論新社 (2016年1月21日発売)
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4

【感想】
何年か前に見た映画の原作。
正直だれが犯人だったかはさすがに覚えていたのでドキドキはなかったが、本で読んでも面白かった。
特筆すべきは、やはり優馬と直人の友情(愛情?)だろう。

映画も面白かったが、原作もそれがフラッシュバックして読み易く、また曖昧にしか覚えていない箇所も多数あったので楽しめた。
感想は後半に。


【あらすじ】
殺人事件から1年後の夏。
房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に田代が現われ、大手企業に勤めるゲイの優馬は新宿のサウナで直人と出会い、母と沖縄の離島へ引っ越した女子高生・泉は田中と知り合う。
それぞれに前歴不詳の3人の男…。
惨殺現場に残された「怒」の血文字。
整形をして逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?


【抜粋】
1.「疑ってんじゃなくて、信じてんだろ?」
なぜか優馬は何も言い返せない。
「わかったよ。なんか言って欲しいんだよな?だったら言うよ。『信じてくれて、ありがとう』。これでいいか?」

2.当時、優馬は少し遅い反抗期だった。
成績が上がらないのを狭いアパート暮らしのせいにし、自分の部屋がないからだと言った。
必死に勉強している横でお袋が編み物をしているから気が散るんだと八つ当たりをした。
その日から、母は夜外出するようになったが、どこに行っているのかなど気にもせず、清々とした気分だった。
それがある夜、母の居場所を知った。
母は近所の神社にいた。境内の冷たい石段でマフラーを編んでいた。


【メモ】
怒り 上


p145
「ただ、俺お前のこと全く信用してないから先に言っとくけど、もしこの部屋の物をお前が盗んで逃げたら、遠慮なく通報するから」

(中略)

優馬が話し終えても、直人は返事もせず振り返りもしない。
「なんか言えよ」と優馬は言った。
面倒臭そうに振り向いた直人が、「なんかって?」と訊いてくる。
「なんかあるだろ?お前のこと、疑ってんだぞ。泥棒扱いしてんだぞ」
優馬の言葉を直人は鼻で笑った。そして「疑ってんじゃなくて、信じてんだろ」と真顔で言う。なぜか優馬は何も言い返せない。
「わかったよ。なんか言って欲しいんだよな?だったら言うよ。『信じてくれて、ありがとう』これでいいか?」

もしかすると直人が言うように、「俺はお前を疑っている」と疑っている奴に言うのは、「俺はお前を信じている」と告白しているのと同じことなのかもしれない。


p268
「とにかく、またあとで連絡するよ」と直人からの電話を切ると、まず深呼吸した。慌てるな、慌てるなと声を出す。
レンタカーの予約。主任へ電話して事情を説明。イベントの準備は終わっているので、あとは部下に任せられる。パッキング。チェックアウト。やるべきことは次々に浮かんでくる。ただ、何か忘れているような気がして、一瞬息を呑む。

母が死ぬ。母が死ぬのだ。

一番肝心なことを忘れていた事に、はっとした。


p276
「もう、ちゃんと泣いた?」
ふいに直人に訊かれ、「ん?」と優馬は頭を起こした。
「泣いた方がいいよ。我慢したって、いつかは泣くんだからさ」
優馬は何も答えずに立ち上がった。葬儀場へ戻るつもりで玄関へ向かった。その瞬間、母の姿が蘇る。

母は無理をして私大の付属高校を受験させてくれた。大学に通っていた兄もバイトで家計を助けてくれた。
当時、優馬は少し遅い反抗期だった。成績が上がらないのを狭いアパート暮らしのせいにし、自分の部屋がないからだと言った。
必死に勉強している横でお袋が編み物をしているから気が散るんだと八つ当たりをした。その日から、母は夜外出するようになったが、どこに行っているのかなど気にもせず、清々とした気分だった。
それがある夜、母の居場所を知った。母は近所の神社にいた。境内の冷たい石段でマフラーを編んでいた。

我慢できずにしやくり上げる優馬の肩に、直人の手が置かれた。優馬は恥ずかしくなり、その手を払った。直人が部屋を出て行こうとする。
「どこ行くんだよ?」
「外にいるよ」
境内の石段でマフラーを編んでいた母の姿がまた浮かぶ。
「いいよ。いてくれよ」

どうしてあの時、母に声をかけられなかったのだろう?
どうして謝れなかったのだろう?
ただ、自信がなかった。自信のない息子に追い出された母までが、ひどく惨めに見えて仕方なかったのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2019年10月11日
読了日 : 2019年10月11日
本棚登録日 : 2019年10月11日

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