シェイプ・オブ・ウォーター オリジナル無修正版 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]

監督 : ギレルモ・デル・トロ 
出演 : サリー・ホーキンス  マイケル・シャノン  リチャード・ジェンキンス  ダグ・ジョーンズ  マイケル・スタールバーグ  オクタヴィア・スペンサー 
  • 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
3.70
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本棚登録 : 449
感想 : 92
5

序盤で早くもぐっと心をつかまれた。
緑を基調としたカラーコントロール(ケーキまで緑!)もさることながら、部屋の壁紙や調度や小物がかわいいのだ!
ゆで卵機。ポータブルレコードプレイヤー。
そんな中で営まれる生活が、ミュージカル映画やテレビや音楽や絵画やに浸されながらも、几帳面に繰り返されている。
代わり映えのない生活というと、えてして人は退屈だとか刺激がないというが、裏側からみれば丁寧な生活でもあるのだ。
お風呂でオナニーし夢想することが日課であって何が悪い。

ところで導入、水中でカメラがふわふわしていたが、現実を描き出してからもカメラはふわふわしている。
つまり彼女は現実を通して夢想している人なのだ。
このあたりの、現実忌避者/夢想家という紙一重の存在で思い出すのは「アメリ」だが、ただ家具調度といった見た目ではなく、スピリットも似ている。
(好きなものを持つ者が、実は強いのだという卓見は「桐島、部活やめるってよ」でも描かれている)
もちろん彼女が就いているのが掃除婦という「見えない仕事」であるのは示唆的で、現実/夢想の対比はそのままマイノリティの問題とも連結しているのだ。
言葉を発せないのはただ身体上の特徴ではなく、話すことが許されていない当時の女性代表ともいえる。

発端は、虐げられた者同士の出会った瞬間に感じる、友愛。
小物として登場した卵が、異形の存在とのコミュニケーションに役立つあたり、気が利いている。
彼の眼……瞼が上下ではなく左右に動くあたり、デル・トロらしい愛に満ち満ちたクリーチャー設計で、嬉しくなってしまう。
幸せそうに彼女を見るのだ。話せない彼女を。手話やジェスチャーでなんとか意思疎通を図ろうとし、ある程度伝わっている様子。言葉が通じないからこそ。
そんな魂の同胞が電気棒でむごたらしく躾けられたり(血の滲む皮膚!)、殺害計画が進んでいると聞き及んでは、もう居ても立っても居られない。
「彼を助けられないなら私たちも人間じゃない!」と。

このへんで色調が変わっているのに気付いた。
インタビューにいわく、緑は現在(彼女と彼)。青は未来(ストリックランド)。オレンジは過去。そして暴力や喜びは赤。なのだとか。

色彩と同時に彼女の世界に滲み入ってくるのは、他者だ。
マチズモ全開のストリックランド。
彼の造形が、ステレオタイプすれすれだが単純な悪と言い切れないところに、魅力がある。
マチズモで他者を圧倒するが、そのマチズモに自ら首を締められている。
わかりやすいくらい男根主義で他人を蔑ろにし暴力に傾き車や家やトロフィーワイフや子供を手に入れてもセックスのときには奥さんの口を閉めて喋らせない。
喋れない掃除婦をセフレにしたいという、ひどい男だ。
半魚人の彼に食いちぎられた指は、はっきりと男根の象徴。
だから窮状進むにつれて腐ってくる。
怒りに任せて指を千切るシーンは、凄まじい。

他者2は、ストリックランド配下だが実はロシアのスパイのホフテストラー。
冷徹ではないが、決して情に流されて現状を見失うわけでもない、なかなか微妙なニュアンスを、この映画に持ち込んでいる。

さて、なんだかんだして彼を連れ出して、風呂場に匿う。
この短期間ながらのイチャラブ生活も、大変多層的で奥深い。
半魚人が猫を食ってしまい逃亡するのだが、逃げた先は同じ建物の1階の映画館なのだ!
つらいときは映画館の暗がりに逃げ込む私たち自身じゃないか!分かり合える!
このあたりで、他者3、画家の隣人ジャイルズの造形がぐっと深くなる。
もともと彼女を励ます友人として、まずいパイやバイセクシャルや面白い場面が多かったけど。
彼に頭を触られて、うわーそれは衛生的にどうかと思うよ、と眉をしかめ、しかしそのおかげでハゲに髪がちょっと生えてくる!
このちょっとしたお笑いが、終盤に利いてくるのだ。

そして、セックス。風呂場を密封して。
1階劇場に水がぼたぼた落ちるくらい。
窓の水滴が2つ重なる、というだけでなく、はっきりと性欲をもって交わるという事実を、誤魔化さず描く。
ここにおいてもはや寓話ではなく、現実に踏み入ってくるのだ。
(「美女と野獣」「人魚姫」の構図を逆にした映画、だけど、それらでは誤魔化された性をはっきりと描いた映画、でもある)
だからここで生理的嫌悪感を覚える人がいるのは必然。
毒は同時に味わい深い薬でもあるから。
(少し話は逸れるが、結局彼女は彼をオナニー棒にしているだけじゃん、彼に主体性はないんじゃないか、文化の衝突っつったって猫食っちゃうくらいで、ひたすら被害者ぶるだけで、見た目長身でイケメンだから女にモテてというだけの話じゃん、という意見も、わからないでもない。が、周到に蒔かれた種のきめ細やかさを後で思い出すにつけ、そんなあらさがしなどどうでもよくなってくるのだ。)

さて、彼女は雨の日を選んで桟橋に逃す、と決意する。
もちろんつらい。
だからテレビに入って、歌い、彼とともに踊る。
モノクロになって。
声が出ているわけだ。
これが現実逃避ともいえるし強さであるともいえる場面で、甘美なだけでなく力強い。

中盤から終盤に、凄まじい暴力が続くのも、デル・トロらしい。
「パンズ・ラビリンス」で兵士が敵を撃って、倒れたところを足で押さえて2回、3回と打ち込むのを見て、震えたものだが、本作でもぎょっとするような銃撃場面がある。
だが、彼は一度倒れ、蘇り(キリスト!)、彼女を抱えて海に飛び込み、治し、そのとき彼女の首には鰓ができて……と。
夢想の向こう側へ行くという「パンズ・ラビリンス」の再話だ。
ここ、単純に事実を描いているかどうかといわれれば、怪しい。
導入と同じくジャイルズの語りで締めくくられるので、ひょっとするとジャイルズの願望や創作なのではというニュアンスが込められているので、厳然とした事実ではない別の切り口もあるという提示でもあるのだ。
そしてまた個人的には、モンスターとして生き返った彼女が、ヒトとして彼と出会ったころを回想している=夢を見ているという解釈も、持っておきたい。
ループものというほどかっちりしているわけではないが、夢の中で夢を見ているその夢の中でまた夢を、というボルヘス的なラストだと、思った。

最後に、半魚人は何かといえば、アマゾンから来た異形の者。キリスト以前の神でもある。
そしてまた、ハリウッドにメキシコからやってきたデル・トロ自身でもあるのだ。
半魚人がマイノリティに寄り添うように、デル・トロもオタクに寄り添って、というかオタクである自身を恥じることなく堂々と、好きなものは好き、と公言してはばからない。
蛸壺に閉じこもってぶつぶつ呟くのではなく、社会や時代も盛り込み、なおかつ、水=愛という人類史的記号を前面に出す、誰に出しても恥ずかしくない名作が、ついに出来上がったのだ。
と、偉そうなまとめ方をしてしまったが、単純にグロテスクでかわいいものが好きなので、この世界観好き!

番外編。シリーズ何を見ても何かを思い出す。
・緑および赤という色彩と水……ジャン=ピエール・ジュネ「ロストチルドレン」。
(あ。「ヘル・ボーイ」のロン・パールマンは「ロストチルドレン」に出てるわ)
・家具調度およびキャラの滑稽さ……「アメリ」。
・唖者のサリー・ホーキンス……「レッド・ドラゴン」のエミリー・ワトソン。
・だんだん可愛くなっていく……「ロッキー」のエイドリアン。
・マイケル・シャノンのクレイジーさ……「レオン」のゲイリー・オールドマン、そしてもちろん「パンズ・ラビリンス」の義父。
・異形の生き物を海に還す(しかも全然別の場所に!)……「ドラえもんのび太の恐竜」のピー助。
・むしろ人類のほうがどうかしている……「E.T.」。
・公式いわく……うろおぼえだけど「美女と野獣」、未見だが「大アマゾンの半魚人」「半魚人の逆襲」。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 洋画
感想投稿日 : 2019年6月24日
読了日 : 2019年6月24日
本棚登録日 : 2019年6月19日

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