誰がために鐘は鳴る(下) (新潮文庫)

  • 新潮社 (2018年2月28日発売)
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感想 : 19
5

▼「誰がために鐘は鳴る(下)」ヘミングウェイ。初出1940年。新潮文庫、高見浩訳。
「キャパの十字架」に向けたロードマップの一環。キャパ→スペイン内戦、という訳で。
スペイン内戦を舞台にしたジョーダンとマリアの物語。

▼下巻、圧巻でした。脱帽。たいへんにオモシロかった。
 ヘミングウェイさんはかなり、数十年以前?に「老人と海」を読んで、「すげえ」と思ったんですが(細部完全失念)、同等かそれ以上の衝撃でした。

▼戦場の混沌と不潔と悪臭の中にたたき込まれる。吐きそうな悪臭をはなつ人間たちが、ラストに向けてモノスゴイ熱量で愛を感じさせられる。何万何十万何百万という人の死が波打つ「戦争」の中で、小さな小さなひとり、一組の男女、数人のグループの生死に迸るような感情移入。これは映像フィクション作品でもドキュメント映像作品でも、漫画にしても追いつかないですね。文字だけから読み手の脳内で連鎖炸裂する想像力ってものだけがなし得る業でした。何かへの怒りの中に、それでも「現実の片方の陣営を美化する」如き精神が皆無。冷徹。深い。すごいモノを読んでしまった感。

▼骨太で、主題がブレずに広がりが豊穣で、人間ドラマで、エンタイメントで、陰鬱で痛快で衝撃で、クラシック(古典)ならではの普遍性に満ち満ちて、その叫びのような訴えは瑞々しいまでに現在でも生々しい肌触り。トルストイ=ドストエフスキーのレベルでした。

▼(以下、ネタバレを含みます)
結局やはり、上下巻を通して4日間の物語でした。
 山岳ゲリラの長だが常に裏切りと背中合わせのパブロ。パブロの妻で強烈に頼りになるピラール、運命の恋人マリア、猟師で最後まで人命を奪うことに罪悪感を抱くアンセルモ、側面協力のはずが途中で壮絶に息絶えるエル・ソルド、そしてその他の登場人物たちも、とにかく強烈に描かれて愛おしい。作家の力量。みんな人間くさくて、欠点まみれのなかに光がある。
 予備知識ゼロで読んだので、最後までジョーダンがマリアと生き延びる結末を固唾を飲んで熱望して…そして読み終えました。
 何重にもはりめぐらされた、生の希望と死の予感のジェットコースターの中で、やっぱり圧巻だったのは「裏切ったはずのパブロが戻ってきた瞬間」でした。
 そしてキャラクターとしては圧倒的にピラールが輝いています。人間くささの中に、煌めくような信念と優しさ。

▼そして死を迎える主人公ジョーダンの心境描写に、本当にガツンとやられました。
 なるほど、これがやりたかったのか。もとから戦争の「正義」というものに距離を取りながらも、ファシズムへの怒りで動いている主人公(ヘミングウェイさんの心情ですね)。しかし味方の「正義」だって完全には信じられない。そんな心情、ややニヒリズム。したがって、ジョーダンは目的主義の目線だけでパブロ軍団を見ていた。なんだけど、最後には彼ら彼女らの「正義」ではなくて「人間」に共感していく。全く自分と異なる人間を、深いところで共鳴していく。

▼恥ずかしながら最後まで「あれ?タイトルの意味って触れないのかあ」と読了したんですが、解説を読んで「あっ!」と思って大冒頭の引用句を紐解いて。

「誰が死んでもわたしの一部が死ぬ」
「誰のためにあの弔鐘は鳴っているのかと あれはあなたのために鳴っているのだ」

ウクライナに象徴される2022年末現在、全く他人事ではない。

歳末に読書の快楽でした。ありがたや。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2022年12月30日
読了日 : 2022年12月30日
本棚登録日 : 2022年12月30日

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