小津ごのみ (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房 (2011年4月8日発売)
4.05
  • (4)
  • (13)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 94
感想 : 7
4

本屋さんで衝動買い。面白かった。
小津安二郎の映画は子供の頃から大好き。で、小津安二郎についての本は無数に出版されています。
そういう本を読むのも断続的に20年以上続けています。
畢竟、目新しい情報や意見に接することはなかなかありません(笑)。
だけど、しばらく読んでないと気になるからまた読んじゃう。

で、この本は中野翠さん。
実はやっぱり映画について論じるということはまだまだマッチョな行為なのか、
なんだかんだ、女性が映画について、それも映画作家について主観的に語り下ろした本って少ないと思うんですよね。
まあ、そういう意味で希少だ、ということに価値を置くこと自体が女性に失礼なことなのかもですが。

やっぱり小津映画について語るというのは、「俺、生前知ってたもんね」的な一次情報がない限りは、なんていうか・・・オタク的知識度を試される部分があるんでしょうね。
だから、感覚的なだけの評では、なかなか一冊分に行かないのか。

中野翠さんは当然ながら相当に色んな薀蓄がベースとしてはあって、
それを踏まえてタイトル通り「好みかどうか」という土俵にかなり引きずり込むことで、「小津映画」及び「小津映画についての本」にかなりスれている僕にも、好感の持てる興味深い本になりました。

まずは、冒頭章の「小津映画の着物」についての文章がとっても面白くて、この本の基調をつくっています。
中野さん自身が正直に触れているように、別段、「史上初の指摘」ではないんでしょうけれど、ソレを冒頭に持ってくるところ、確信犯ですね。
究極、この冒頭章だけでも十分です。面白い。
やっぱり、小津のカラー映画って、粗筋を超越して「かわいい」し「ラブリー」ですもんね。
そこがまず大事じゃん、という着眼は地味に秀逸です。

以降、僕が好きだったのは、

●小津映画に(特に原節子がらみで)精神分析的に性的な隠喩がある、という映画評論的言説がケッコウある訳ですが、バッサリ、「そんなこと全然思わないし、違うと思う」と述べている下り。

●小津映画の情感を、「小市民生活の幸福」と言った紋切りでは表現できないものとして、中野さんなりの言葉で小津的な「無常観」「もののあはれ」という印象を言語化しようとするくだり。安易に仏教的だったり観念的だったりする言葉を避けようとするセンスは好き。自分の言葉、読者に手渡せる口語で。そのために多少、不明確であっても良し、という選択があるんだろうなあ、と。

●小津映画は好きだけど、細部全部を肯定はできない、という「好み」に忠実な率直さ。どう考えても品が良くないセクハラ的なジョークや、小津本人も失敗作と認める何本かで見せているゼンゼン納得いかない主人公の心情や台詞とか。あと、基本的に女性客から見て、女性登場人物の心情に寄り添って観れる訳ではなく、「小津好み」な美的フォルムを、いいなぁ、と思えたり、かわいいなぁ、と思えたりするかどうか、ということ。
 これも正直、そのとおりだと思いますね。ソコんとこ、雑に全体を神格化してもしょうがない。そしてまた、そういう欠陥を含めて、小津映画の個性な訳なんで。

 映画史的な細かいお話とか、小津の映画制作上の、スタッフとの関わりとか、という裏話的なところでは、若干「?」と思うところもありました。けどまあ、それはこっちがあまりにも長年その手の本を読んでいるからで。全体としてはいつもの中野さんの本と同じく、率直で誠実な文章、そこの薀蓄や視点には確かに芸があるし、奇を衒わない語り口。心地よい本でした。

 小津映画自体が女性の客は少ない訳ですが、ましてや小津映画についての本ともなると、多少映画好きであっても女性にオススメな本ってほぼほぼ、無いと思うんですよね。
 そんな中、「小津映画のカラーの作品は、かわいいし、基本コメディだし、女性にもお薦めなんだけどなあ」「例外もあるけど、小津映画って基本コメディ、クサイの嫌いなお洒落な映画なんだよなあ」「別に日本文化とか禅とか仏教とか人生訓とか家族論とか、そういうことじゃないんだよなあ。ただ単に、上品で面白い映画なのになあ」と、もやもや思っていました。
 そんなもやもやを、かなりな部分、的確に晴らしてくれた本でしたね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2013年6月9日
読了日 : 2013年6月9日
本棚登録日 : 2013年6月9日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする