零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012年12月25日発売)
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 映画の興奮覚めやらぬ内に衝動買いしてしまったはいいものの、戦闘機に興味がある訳ではない。そして著者は明治生まれ。読むのが億劫なのは火を見るよりも明らかだ…
 そう思っていただけに、読みやすくて面白くて、専門知識の解説も分かりやすいことにびっくり。以下、映画と本書について入り乱れた内容の感想となる。

 書かれているのは、タイトルにもある、零戦が生まれるまでの苦難の道のりと、戦争での輝かしい戦績。それに加えて、相手国が新たな戦闘機を投入する中にあっても零戦で戦い抜かなければならなかった状況。そして、その最後が綴られる。
 「栄光の記録」というサブタイトルから受ける華々しいイメージとは異なり、波瀾に満ちた生涯を送った人物の伝記のようだった。


<零戦について>
 零戦については、以前NHKのETV特集「零戦ニ欠陥アリ~設計者たちの記録~」で見たことがあった。零戦の脆弱な防弾性能と人命軽視がその欠陥であるとし、海軍の隠蔽体質についても触れられる、というもの。
 この中で、防弾性能については、本書を読む限りだと“欠陥”と呼ぶ類のものではない気がするし、対照的に描かれる米軍戦闘機“ヘルキャット”との比較も、当時の国勢を考えると意味をなさないものではないかと疑問を抱く。
 “人命軽視”“日本の組織の体質”という切り口・主張からまとめられた番組だったので、両者(本書とTV番組)で違和感が生まれるのは当たり前かもしれないが、教訓を得るために安易に演繹的に歴史を語ることの危うさを感じた。温故知新とは言うけど、それは過去を見る目が研ぎ澄まされた人間がやらないといけないのでは、と。

 もっとも、本書は設計者である堀越自身による執筆なのだから、こちらを頼りすぎる事もそれはそれで問題かもしれない。いずれにせよ、歴史的事象に対する認識にここまで差が出ることに驚いた。
 厳しい制約の中で、試行錯誤の末最大限の技術と発想を詰め込んだ結晶、それが本書で書かれる零戦の姿だった。
 以上が戦闘機“零戦”自体についての感想だが、本書を購入した主な理由は、堀越二郎という人物について、映画を通じてもっと知りたいと思ったからだ。以下、文章から伝わってきた彼の人物像について少し触れる。

<堀越二郎について>
 零戦の設計者である堀越二郎は、一般人に比べて戦争に深く関わっており、捉え方によって(特に攻撃された側にとって)は、殺戮兵器を造った極悪人ということになる、かも知れない。
 しかし、映画の中の彼はただまっすぐに飛行機を造る技術者であり、葛藤や後悔と言った描写は殆ど無いと言っていい(テスト飛行で犠牲者が出て精神的ダメージを負っていたが、それは別の悩みだ)。
 本書では、「(中国で戦果を上げる零戦に対し)千何百年来文化を供給してくれた隣国の中国でそれが験されることに、胸の底に痛みをおぼえていた。」という記述がある以外は、葛藤や後悔を感じる文は見当たらない。玉音放送時の箇所(p.224)においても同様だ。
 映画においては、歴史認識を排除したなどさまざまな理由で、あえて描かれなかったのかも知れない。しかし、本書では、戦争の評価までしている以上、書かれていてもおかしくない。後悔が無かったのか、あるいはあったが書けなかったのか?
 例えば、兵器を造ることへの葛藤など、現代の価値観から見るからあるように思えるだけで、当時はそんな考えをしない人も大勢いたのかもしれない。だから、当時の自分の感情を直截に書いたのか。
 あるいは、飛行機造りを愛していた自分が戦争の時代に生まれたという不幸な巡り合わせ(上司の黒川が「惜しいな…」とつぶやいていたシーンは印象的だ)の中で、半生を費やす仕事をやり遂げるために、その過程で葛藤を抱き続けるわけにはいかなかったのか?あるいは…あるいは…?想像は止まらない。

<この本は何か?>
 今夏もたくさんあった太平洋戦争の特別番組において、戦争の悲しさ、そこから得た教訓めいたものが例年と変わらず流れていた。その中で、“風立ちぬ”は自分の目にものすごく異質に映った。そもそも戦争と結び付けて考える映画かどうかは分からないが、強引に関連付けて考えるならば・・・戦争の加害者でもなければ被害者でもなく、戦争の中で目一杯生きた個人が描かれた映画だ、と言えるのかも知れない。

 戦争をあれこれ論うわけでもなく、教訓めいたことを語るツールとして使うわけでもない、手垢の一切付いていない純粋な一個人の記録。これは、そんな本なのだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の作家 は行
感想投稿日 : 2014年10月15日
読了日 : 2013年9月2日
本棚登録日 : 2014年10月15日

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