このシリーズのなにがよいといって、シリーズの冠たるオリヴァーとピアが、カップルではないことだ。
それぞれに別のロマンスがあって、二人の間には一切ない。
オリヴァーとピアは上司と部下で、よき相棒で、ともに事件に取り組む仲間なのだ。
男女がともに仕事をするのが普通の世の中で、これはとても現実的だ。
ちょっと理想的すぎるかもしれない。ま、いいではないか。
シリーズ7巻目の本書は、分厚く、重い。
人物紹介は、長い。
そして、テーマは重い。辛い。痛い。
いつもどおり、読み甲斐がある。
読みながら、作者ネレ・ノイハウスは嫌いな人が増えたのではないかと、勘ぐった。
いや、むしろ、作者の嫌うような人物が、世の中に増えたのかもしれない。
権利ばかりを主張して、義務は頭にない人。
親しさを装っていちいち要らぬことを言う人。
口の達者な能力無し。言い訳だけは上手いできない人。
現場跡に群がり、血痕を撮りたがる有象無象。
傲慢で、身勝手な人々に、作中のあちこちで出くわすのだ。
「最近とみにひどいです。みんな、権利ばかり主張して、配慮は死語になりました」 (28頁)
舞台は2012年、発行は2014年。
ドイツで妙な踏切事故をよく聞くようになったのは、この頃ではなかったか。
警告音が鳴っていようが、遮断機が閉じていようが、かまわず車を突っ込んで、列車とぶつかる。
あげく「こんなところに列車が通るのが悪い」などと言う。
自分が通れば、電車もなにもかも全て、道をあけて当然と思っているらしい。
神に選ばれた唯一の人と勘違いしているのだろう。
「信じられない」ピアは血の跡に群がる人だかりを見て、嫌悪感をむきだしにした。(347頁)
ピアのきわめてまともなこの気性が嬉しい。
礼儀正しく毅然として、言うべきことを言う姿勢が素晴らしい。
「捜査の妨害になります」ピアは冷静に答えた。「どうか出ていってください」 (27頁)
オリヴァーはといえば、その育ちのよさ、親切心、鷹揚さの見える挿話がよかった。
貴族としての包容力でチームをまとめるべく努め、招いた客(元妻の母)はタクシーではなく自身が送ると、紳士らしく申し出る。
「オリヴァー、あなたこそ、わたしが欲しいと思っていた息子よ」(136頁)
さらに娘からは「世界一の父さんよ!」と、心から言われるのだ。(134頁)
ドイツ人の理想とする男性像かもしれない。
『彼は女性に関して信じられないほど鈍感だ。明らかな秋波にも気づかないときている。』(232頁)
女心の機微を読むに長けている――つまりは「すれている」こともなく、むしろ抜けている。といって朴念仁ではない。
その上、有能な女性が好みだなんて、有能な女性の理想の男性ではないか。
いっぽう、巻末の解説はいろいろいただけなかった。特に悪女云々が失笑ものだ。
まず女性は悪女について語らない。
そもそも男性が論ずる悪女たるや「ボクの心を乱して、ボクの懐からごっそり持っていた女」に帰結してしまうからだ。
悪女論なぞ、女は本を読まないとされた時代の遺物だ。
男性しか読まない本で、話の合う男性のみで、こっそり論ずるのをお薦めする。
このシリーズのなにが救いといって、オリヴァーとピアのよい関係だ。
事件がどんなに残酷でも、二人のやりとりにはほっとする。
二人の周辺の人々――捜査班の面々や、家族などの様子に、しばしばにやっと笑う。
最後はちゃんとひと息ついて、後味が悪くない。
だから、読み終えた時、さらに次が楽しみになる。
きっとまた重いテーマだろうなと、予想がついてしまってもだ。
シリーズの順番は以下のとおり。
1巻ごとに事件は解決しているので、どれから読んでもかまわない。
けれども、オリヴァーやピアたちの話も楽しみたければ、やはりシリーズ順に読むのがいい。
話の順が発行順とはちがっているので、要注意である。
『悪女は自殺しない』
『死体は笑みを招く』
『深い疵』
『白雪姫には死んでもらう』
『穢れた風』
『悪しき狼』
『生者と死者に告ぐ』
『森の中に埋めた』
- 感想投稿日 : 2020年11月11日
- 読了日 : 2020年11月9日
- 本棚登録日 : 2019年11月1日
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