破滅のループ (ハーパーBOOKS)

  • ハーパーコリンズ・ ジャパン (2020年6月17日発売)
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本棚登録 : 106
感想 : 12

「緊張と緊張の緩和」とは、桂枝雀が"笑い"について語ったことだが、これはすべての"面白さ"に通ずる。
カリン・スローターはまったくその名人だ。
そして、こんなむごい話を書きながら、彼女は思いやりのある、気遣いの行き届いた人なのだ。
だから、私は彼女の話を読んでいられる。

まずはプロローグである。
たった数ページで、子供を持つ母親、中でも娘を持つ母親の緊張と緊張の緩和が描かれる。
子供、特に娘のいる世の母親は共感して頷くところが多いのではないか。

なに、つまらなそうだ?

では試し読みをどうぞ。
あなたはきっと揺さぶられる。
https://viewer-trial.bookwalker.jp/03/8/viewer.html?cid=8dc33d70-f7fd-4c40-8791-7d2fc1a059a4&cty=0

舞台が変わって本編に入ると、サラが、母親キャシーと、叔母のベラとキッチンにいる。
結婚するとかしないとかで、家族の女性だけであれやこれや言い合うのは、女性向けの小説や、コージーなどで定番の場面だ。
うんうん、これねと、女性なら思うことだろう。

なに、つまらなそうだ?

残念。ここからはもう試し読みがない、本を手にとってもらうほかない。
あなたがうなずいていたとしても、ダレてしまっていたとしても、それはここで最後になる。
この緩和の後には、緊張の波しかない。
せいぜいここで呼吸をゆるめておくのがいい。

強い緊張と弱い緊張だけでは、しかし読者は疲れてしまう。事実私は疲弊した。
けれども、続けて読んでいられたのは、あのサツマイモや下痢腹があったからだ。

カリン・スローターはこれがうまい。

緊張が持続している時、呼吸が浅いままの時、突然、想定外のなにかを投げ込む。
異物、滑稽なもの、サツマイモ、下痢腹、緊張の緩和。
これで肩の力が抜けて、また呼吸ができるようになる、私は無事に読んでいける。

読者を窒息死させないよう、カリン・スローターも気遣ってくれているのだ。
そして彼女は、そんな死の危機の数々を長らく脱してきた読者に、さらにサービスを提供する。

『マギー・グラント副本部長が登場した。フェイスは、真面目な生徒のように見られたくて背筋をのばした。マギーはフェイスにとって励みとなる存在だった。タマが生えた女に変わることなく、アトランタ市警の食物連鎖の最下層である交通指導員から特殊作戦の指揮官までのぼりつめたのだから。』 (87頁)

退屈極まりない会議の席で、その人が登壇するからと、あのフェイスが姿勢を改めた人物は、マギー。
この名前には、覚えがある。

『警官の街』は、1973年のアトランタを舞台にした、カリン・スローター(2014)のノンシリーズ作品だ。
当時のアトランタは、男と女で社会的立場がまったく違った。
そんな男社会の中で、警察組織が、さらに極まった男社会であることは間違いない。
その社会の中で、警官として働く女性たちの物語である。

ヒロインの名は、マギー。

これは、あの彼女ではないか。
『警官の街』の後、彼女らはどうなっていくのか、つづきはないのかと気を揉んでいたのだが、ついに再会することができた。

当然、もう一人のヒロインにも会える。

『品のいいブロンドが立ち上がり、手を差し出しながら近づいてきた。年齢はアマンダと同じくらいだが、もっと背が高くほっそりとしていて、美しくない女に気まずい思いをさせる美しさの持ち主だった。
「情報部のケイト・マーフィ次官補です」』 (202頁)

フェイスが気後れする美人は、もちろんあのケイトである。

二人とも無事だったのだ。
あのアトランタの街で、頭をふっとばされもせず、四肢を失うこともなく、その上、素晴らしい昇進を果たしている。
マギーはなんと姓が変わっているし、ケイトの部署には、間違えようのない姓の人物がいる。
彼女らが、ここまで登って来た道筋が垣間見える。

女性たちのハードボイルド作品『警官の街』は、カリン・スローターが、当時の女性警官たちに話を聞き、入念なリサーチをして書き上げた作品である。
手元にある方は幸運だ。『破滅のループ』読了後には、ぜひ読み返してほしい。
新しく読みたい人は、難儀である。絶版の上に、古本が高騰している。
本来、税別1000円なのだが、今やなかなかの価格だ。

しかし、この高騰ぶりには覚えがある。
同じくカリン・スローターの『開かれた瞳孔』が、こんな様ではなかったか。
その後、ハーパーブックスから出版されたのではなかったか。

再版を待つか、古本を探すか、どんな方法かはともかく、『警官の街』は読むべき作品だ。
そして、それゆかりの人物たちが、これからもウィル・トレント・シリーズに出てく
れると嬉しい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年11月20日
読了日 : 2020年11月18日
本棚登録日 : 2020年6月17日

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