花鳥風月の科学 (中公文庫 ま 34-3)

著者 :
  • 中央公論新社 (2004年6月25日発売)
3.75
  • (22)
  • (24)
  • (38)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 371
感想 : 20
4

<星と星座>
松岡正剛の連載している「千夜千冊」は題名に偽りありだ。
何故なら、既に「千七百夜千七百冊」になっているのだから。
碩学松岡正剛が厳選した世界の知的遺産1700冊を、松岡の解説によって理解できる。松岡による最良の読書ガイドだ。
この「千夜千冊」(「千七百夜千七百冊」)に取り上げられた一冊一冊を漆黒の宇宙に輝く無数の恒星と考えてみよう。
そうすると、本書を含めた松岡の著作全ては、その恒星を結びつけて描く星座と見做すことが出来る。
星と星を結び宇宙に別の姿を浮かび上がらせる星座。
その結び付け方は無限だ。
したがって、星座=著作は無限に生み出される。
宇宙に煌めく星々に星座を読み取る行為を、松岡は「編集」と呼んでいる。
なべて「編集」こそが「創造性」の発露なのだ。
その「編集」という知的鋭意を担う者は「エディトリアル•ディレクター」と呼ばれる。
本書は、松岡正剛という「エディトリアル•ディレクター」の生み出した星座の一つだと言える。

人は「千夜千冊」を毎晩ひとつひとつ読むことで、3年掛ければ(今や毎日読んでも5年掛かるが)、一つ一つの恒星(知の達成)の歴史と構造の多くを理解することが出来る。
それだけで実に深い世界が開示されることは間違いないのだが、その恒星と別の恒星を「編集」作業によって結びつけることで、全く思っても見なかった視点による、新たな世界を開示してくれるのが松岡の著作なのだ。

どういうことか?
本書からひとつ例を上げてみよう。
日本文化のシステム「花鳥風月」の一つ「鳥」を語る中での話だ。
日本の「鳥」居の朱色は水銀(硫化水銀)によって生み出されているという話から、話題は空海に飛ぶ。
空海が高野山を結界したことは有名だ。
高野山には空海の開いた金剛峯寺がある。
何故、空海は数ある山の中から高野山を選んだのか?
伝承によると、空海は高野山を支配するニブツヒメと交渉して、高野山を開山したことになっている。
このニブツヒメは「丹生都姫」と書かれる。
丹生とは水銀のことだ。
高野山には丹生=水銀の巨大鉱脈があるのだ。
ニブツヒメとは、その高野山の水銀鉱脈を支配する一族だったと、松岡は推理する。
松岡の「編集」作業はそれにとどまらない。
そこから、「科学」的視点が導入されるのだ。
高野山は地理的にどんな場所なのか?
世界最大級の大断層である中央構造線のど真ん中にあるのだ。
(中央構造線は九州から諏訪湖まで1000キロも続く断層だ。諏訪湖はもう一つの断層、フォッサマグナと交差する。こうして諏訪湖の重要性が浮かび上がるが、それは本書のテーマではない)
現代でも人は何かを求めて、空海が開いた四国八十八か所の霊場を巡る。
その八十八箇所の三割以上が中央構造線に属する水銀鉱山の上に点在している。
これは偶然ではあり得ない。
空海は、水銀という鉱物資源を求める「山師」、「弘法大師」ならぬ「丹生太子」でもあったというのが、本書では明言してはいないが、松岡の空海理解なのだ。

日本文化の謎を秘めた「鳥」居から、鉱物資源の水銀(丹生)へ、そこから空海伝承へ、その経済的解釈である錬金術の根拠としての鉱脈支配、更にそれが「ブラタモリ」的日本の断層(地理)に及ぶのだ。
これこそが、松岡の描き出した「花鳥風月」の「科学」の事例だ。
「花鳥風月」を「科学」の観点から見ることで、星々を科学のネットワークで結んで見せるアクロバティックな営為。
その成果が、星座煌めく、魅惑の著書として結実したと言うことが少しは分かるのではないだろうか。

本書を、日本文化に関するエンサイクロペディア(百科全書)と見做すことも出来る。
エンサイクロペディアの内容全てを文庫本一冊に入れ込むことは到底出来ない。
そこで松岡は本書を索引としてアレンジしてみせるのだ。
索引とはいえ言え、先ほど空海と水銀の事例を紹介した通り、本書を読むだけで、奥深いエッセンスを十二分に味わうことは出来る。
松岡の膨大な読書量と巨大な集積知識を使って、日本文化を科学という切り口で「編集」し、誰も見たことのない新たな星座=知のネットワークとして浮かび上がらせてくれるのだから。
そして、もっと深く掘り下げたければ、「千夜千冊」に飛べば良い。そこから、更に専門書に沈潜していくことも自由だ。
また、本書を使って、別の星座=知のネットワークを浮かび上がらせることも可能だ。
流石、エディトリアル•ディレクターの著作だ。
松岡正剛と言う稀代の読み手に知の最前線の読書をしてもらい、そのエッセンスを味わうばかりでなく、そこから導かれる新たな世界を目撃するのが読者と言うわけだ。

松岡の提示する宇宙に煌めく星々の世界と、その星と星を自由に縦横に繋いで描き出して見せる見たこともない星座の世界。
この縦横無尽の知的ネットワークは何かに似ている。
人間の脳のネットワークに似ているのだ。
松岡正剛の著作とは、脳のネットワークの縦横無尽なニューロンの結合を読み物として提示したものと言えるのではないか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 評論
感想投稿日 : 2023年9月9日
読了日 : 2023年4月4日
本棚登録日 : 2022年11月27日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする