シーボルトのお庭番となった若き庭師熊吉。熊吉の目線から見た、主とその妻お滝、彼らを巡る人々の歴史群像。
シーボルトが褒め称える長崎の自然、その描写が実に豊かさで瑞々しい。またシーボルトが、日本の素晴らしさを日本人たちや世界の人に啓蒙しようとする、その姿勢も素晴らしいと思う。主たちを愛し、尽くし、自らの職務を全うしようとする熊吉もいい。愛情と正義に溢れた、長崎の美しい館での暮らしは、熊吉でなくとも夢のように見える。
それだけに、後半の顛末になんとも空虚な気持ちになる。史実が史実だから仕方ないとは言え、シーボルトはお滝と別れる前にもう少し葛藤がなかったのか。少なくとも史実では禁制を解かれて再び日本に戻り娘と交流を持つのだから、娘に対しての情がもう少し描かれてもよかったのではないかと思うのである。シーボルトは自分でしか出来ない天命のようなものを感じ、その責務を負おうとしていたのはわかる。だが、そこまでお滝たちに愛情を注いでおきながら……と思うのは現代人の考えなのだろうか。航海やつまらない罪や病で命を落としていた、今よりずっと死亡率の高い時代。刹那の愛情には未練を抱かないようにするのが、生きていく術だったのだろうか。
この後半のなし崩し的な流れが、歴史通りとはいえ自分的にはちょっと納得しかねて星4つ。
自然描写の素晴らしさに期待しつつ、やはり庭師の話だという「ちゃんちゃら」を読んでみたいと思う。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
小説
- 感想投稿日 : 2014年2月3日
- 読了日 : 2014年2月3日
- 本棚登録日 : 2014年2月3日
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