「李陵・山月記」を読んで、それ以上の中島敦に興味を持てない、或いは電子書籍で何時でも読める、と思っている方にお勧めしたい短編集である。ワンコイン弱でお求めやすいだけではない。何故勧めるのか。
ひとつは、中島敦が単なる漢籍を換骨奪胎した小説家ではないことがよくわかる短編が精選されているためである。古代ギリシャ時代のスキタイ人を主人公にした「狐憑」、BC6世紀のペルシャ王朝の男の話「木乃伊」、BC7世紀新アッシリア時代の帝国図書館の話「文字禍」、中国戦国時代末期の話「牛人」、中島敦の伯父・中島端の最期を描く「斗南先生」、中島敦の中学時代の朝鮮人の友人のことを記した「虎狩」。自分のことを描いた末尾2篇は文体さえ違う。しかし、紛れもなく中島敦だとわかる。
ひとつは、親切丁寧な注と全集所載の年譜、そして池澤夏樹の書き下ろし解説まで用意していること。確かに「木乃伊」以外は青空文庫でも読めるのではあるが、年譜・解説はこの安価な文庫にしては価値あるものだろうと思う。
中島敦のことなので、これらの話の何処から何処まで、歴史的事実か、或いは想像かは判然としない。あまりにも微に渡り細に入る虎狩り随行記にしても、体験談だという「証拠」は一切残ってはいない。いや、中学時代途中で行方を晦ました趙大煥にしても、果たして実在したのか?ただその体験がやがて名品「山月記」に結びついたと思える気配がするだけだ。
歴史的ニヒリズムから、やがて人生を俯瞰して未来に辿り着く。中島敦の読者を魅了してきたその「核」を、他の角度から比較的すぐに読めることの出来る稀有な体験を是非してもらいたい。
- 感想投稿日 : 2020年12月26日
- 読了日 : 2020年12月26日
- 本棚登録日 : 2020年12月26日
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