『自己、他者、コミュニケーション、性別、リアリティ、共同体、時代・・目の前の短歌の「面白さ」を味わっているうちに、自然にそんなことを考える場所に運ばれてゆく』
穂村弘さんって、時々エッセイ等でふざけたりもしているけれど、実際は生きるということに、とても真摯な方なんだと思わせる、この歌論集は、まるで穂村さんが短歌というフィルターを通して、世の中のありのままの姿を見ているようで、時に、そんな世の中だとしても、自己の魂の有り様を必死に訴えている、そんな点に生きることを見出せるのが、短歌の魅力の一つだとも思えてきます。
その中でも、いくつか印象的だったものを挙げていきます。
まずは、「第1章 現代短歌の冒険」の「反復迷宮」で、ここでの繰り返しの語感の面白さと、その裏に潜む狂気性に惹かれたのですが、そこに穂村さんの解説の、『遊び心というよりは、もっと切迫した気分。いずれも出口を求めているように感じられる』に、なるほど、だから「反復迷宮」かと腑に落ちました。
電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ 東直子
ティーが通じない私はただティーが飲みたいのですティーがワン・ティーが 平山絢子
なんどもやりなおしなんどもこじれどこからがどれだけなにをどうやって? 今橋愛
また、同じ章の「凶暴な祈り」では、最近私が気になっている、早坂類さんの歌集『ヘヴンリー・ブルー』の解説が読めますが、「反復迷宮」以上のリフレインの嵐に、凶暴な祈りのような印象と書かれた穂村さんだが、私にはそれだけの思いの深い純粋さが胸に突き刺さる思いがいたしました。辛いけど、これ読んじゃうなぁ。
黒色の落書きは叫ぶ わたしを消してわたしを消してわたしを消して 早坂類
生まれては死んでゆけ ばか 生まれては死に 死んでゆけ ばか 同
なにもないすることがなにもない何もないです 前略かしこ 同
次は、「第6章 短歌と〈私〉」で、そこで私が意外に思ったことは、『歌というのは基本的にひとつのものがかたちを変えているだけ』で、これまで、いくつもの奇抜な歌を見たときには、こんなやり方もあるんだなと感じていたのが、実は根っこは同じだったということであり、そのひとつのものとは、『生のかけがえのなさ』で、ああ、穂村さんならば、そう思うよなあと、『シンジケート』を過去に読んだ私には、とても感慨深いものがありました。
吉原の太鼓聞こえて更くる夜にひとり俳句を分類すわれは 正岡子規
かの人も現実(うつつ)に在りて暑き空気押し分けてくる葉書一枚 花山多佳子
また、同じ章の、穂村さん自身の歌のエピソードで印象的だったのが、『歌には全く誤魔化しようがなく〈私〉が現れるということを改めて知らされた』で、例えば、「百済」というお題を出されたときの、穂村さんの歌、
素はだかで靴散乱の玄関をあけて百済の太陽に遭う
に対して、水原紫苑さんの、「百済」は「インカ」と入れ替えても全く問題なく一首が成立してしまいますよねとのご意見に、穂村さんの中でも、それらは全く同じようなものでしかなかったということを認識しており、思わず歌を作るのも怖くなりそうな話だと思いましたが、でもいいことだと思うと、穂村さんは結んでおり、怖いけれど、歌にはその人自身が入っているということは、考えようによっては凄いことだなと感じましたし、それを見ることの出来る歌人の方々もやはり凄いのだなと。
ここからは、本書を読んだことで、興味を持った歌人について(書いてあることは殆ど穂村さんの解説です)。
高野公彦さんは、平凡さから非凡さまでの連続性が特徴らしく、平凡さを恐れない心が結果的にその平凡さを突き抜けて非凡な歌を生んでいるとのこと。
現し世の命いとしもゆつくりと桃を回して桃の皮むく 高野公彦
小池光さんの歌集『静物』は、我々は三つの時間を同時に生きていて(〈近代〉以降と〈戦後〉と〈今〉)、そして〈近代〉以前の時間からは、大きく切断されているとのことだが、私には、今の時代に於ける心の持ちようの辛さを表しているようにも感じられました。
「ヒューマニズム」を無二の理想にかかげつつ五十余年の果てに「むかつく」 小池光
山削るがごとく平たくなりてゆく昭和七十三年日本人のかほ 同
徘徊老人を人工衛星に監視しゆくを「進歩」といふ 同
短歌や俳句などの韻文が、小説のような散文に比べて難しいと思われがちなのは、書かれた情報に圧縮がかかっているからという、穂村さんの簡潔な説明に納得し、その解凍がしやすいのは、万人に共感されやすい『想い』をのせた、俵万智さんだというのも納得でしたが、そんな彼女の歌にも突き抜けた人間味溢れる怖さというか、私には切実さと鏡合わせになっているように感じられて、より印象的でした。
焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き 俵万智
最後は、小島ゆかりさんで、この世に身体をもって在る「われ」の不安定さ、わからなさ、不思議さの底を潜り続けることで、独自の作品世界を生み出したとのことで、私が最も読みたいと思った歌人です。
かたつむりの殻右巻きに右巻にわたしはねむくなるゐなくなる 小島ゆかり
掃除機をかけつつわれは背後なる冬青空へ吸はれんとせり 同
ぎいと開く裏木戸なくて内外のどこからわたしであるかわからぬ 同
そして、性懲りもなく、私の歌を・・
決めつける合目的的誤植だだって知らなかった知らなかったもの
- 感想投稿日 : 2023年5月17日
- 読了日 : 2023年5月17日
- 本棚登録日 : 2023年5月17日
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