どろぼうのどろぼん (福音館創作童話シリーズ)

著者 :
  • 福音館書店 (2014年9月15日発売)
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感想 : 52
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斉藤倫さんの、「波うちぎわのシアン」が、独特な雰囲気を纏っていたのがずっと気になってまして。
次に読んだこの作品は初の長篇物語で、シアンより以前の作品なのですが、テーマは似たものを感じました。

「波うちぎわのシアン」が、生まれる前の映像を見られる能力で、子供が生まれようとする当時の、忘れかけていた喜びや思いに気づくことの大切さだったのに対して、今作は、物の声を聞くことができる能力なのですが、ただし、それは、持ち主に忘れられてしまい、無くなっても気づかれない物です。

そして、自分がなくなったほうがいいと思っている物も含まれ、しかもそれは物だけではなく、それ以外の声もあり、その内容は胸を引き裂かれる思いでした。

悲しいけれど、現実に起こっていることなのですね。

そんなものたちの視点に立つことで教えてくれるのは、ものを大切にする気持ちとともに、思いこみなしに、どんな小さな声にも耳をかたむけて、世界を視ることでした。

かといって、それで世界を救えると安易に言っているわけでもなく、むしろ、人間みんな間違いもするし、その小さな無数の間違いが集まって、世界はできていて、私たちにできるのは、自分の近くにある間違いに寄り添い、手をさしのべるしかないこと。

ただ、それで自分の世界は成り立っていけるという思いは、この物語の主人公「どろぼん」にとって、大きな慰めになったのだろうと思います。

物たちの声を聞きながら、どろぼうをしていた、どろぼんにとって初めて訪れた、信頼されることや、胸が苦しくなるような気持ち。

それまで自然に行動することができたどろぼんが、当惑しつつも、考え続け、本当に聞きたい声が何なのかを実感し、自らの思いで行動に移す。

その行動には能力ではない、どろぼん自身の人間性が問われることになり、怖いと思うけれど、それでも、その声を欲する強い思いに、これまでの行いが報われる形となり、また、それに関わる刑事たちの思いこみなしの人間性(それはどろぼんが教えてくれた)に、あたたかい感動を覚えました。

また、「信じられているということは、ひなたの大きな岩の上にねころんだみたいな心地」のような、共感できる詩的な表現が所々、印象的だったのですが、斉藤倫さんは詩人ということを今更知り、なるほどと。

シアンもどろぼんも、自然の表現に独特な美しさを感じたのですが、詩人の方が書く物語の味や雰囲気みたいなものも、なんかいいですよね。
やはり、世界の視方が新鮮で面白い。

そして、「牡丹靖佳」さんの、時折、メリハリの効いたカラフルな絵も、また印象的で興味深かったし、斉藤倫さんの詩集も是非読みたいです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 児童書
感想投稿日 : 2022年1月16日
読了日 : 2022年1月16日
本棚登録日 : 2022年1月13日

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