「人間を信じるのは、人間の代表的な弱点の一つです」
「何が判別できるのですか?」
「君は、それを知っているはずだ」
「いえ、だいたいの理解はありますが、先生の表現を伺いたかったので」
「どうしてだろうね…。それは、今でも解決を見ない問題のひとつだ。人間以上のものは存在してはならない、という簡単な言葉に集約される。しかし、そんな話をしたら、人間よりも力の強いもの、正確に速く計算するもの、人間よりも友好的で、悪事を働かないもの、人間よりもエネルギィ効率が良くて、社会に対する貢献度が高いもの、いくらでも存在するんだ。ただ、それがコンパクトにまとまって、見た目が人間に近づくほど、抵抗する人たちが増える。宗教的な問題だと言いだす連中が今でもいる。神に対する冒涜だとかね…。今まで冒涜の限りを尽くしてきたのに、今さらだよね」
「ただ、人間らしい思考というものの本質を知りたかったんだ。人間はどんなふうに考えているか、ということが、つまり人間とは何かという問題の答えになると思った。」
「生物は複雑なものだ。これを作ることができるのは神のみだ、とね。だけど、結局は、単なるタンパク質だ。化合物なんだ。その仕組みは明らかになれば、いたって単純だといえる。単純でなければ、細胞は再生できない。単純だからこそ、これだけ膨大な数が集まっても、だいたい同じものになる。複雑だと思い込みたい傾向を人間は持っているんだ。自分たちを理解しがたいものだと持ち上げたい心理が無意識に働く。でも、誰もがだいたい同じように怒ったり笑ったりしているんじゃないかな」
『店員が僕のアルコールと、彼女のカクテルを持ってきた。そこで、グラスを持ち上げて、儀礼的な挨拶を交わした。これはどうしてこんなことをするのか、僕は知らない。たぶん、誰も知らないのではないか。』
- 感想投稿日 : 2015年10月29日
- 読了日 : 2015年10月29日
- 本棚登録日 : 2015年10月29日
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