絞め殺しの樹

著者 :
  • 小学館 (2021年12月1日発売)
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舞台となる根室は雪が少なく(雪は暖気を保つので雪が降る地方がしのぎ易い)乾いた風が吹き付け竹林や柿の木がないと描写してあった。竹林がないなんて私には全く想像できない。私が生まれ育った九州では竹林が里山を荒らすという話は良く耳にする。それと同じように、温暖な地域で育った者の根性のなさから来るものなのか、両親が居てくれたからなのか分からないが、本書にあるような理不尽さには激しい憤りを感じた。
屯田兵の歴史も初めて知った。初期の頃、屯田兵は武士から募られ、最初に入植した屯田兵は後から入植した農家出身の屯田兵を見下し、差別感を露わに接している。
お寺に嫁いだユリが長女を自殺で失い離縁されたミサエに「ミサエさんはちゃんと生きていらっしゃいましたよ。誰しもそうであるように、働いて、眠って、働いて、眠って。立派に生きていらっしゃいましたよ」。でも、あなたこそが特別ではない。あなただけが苦労したのではない。それでもきちんと生きてきたとミサエを諭す。そして、ミサエもその言葉を聞き心穏やかに落ち着いていく。そして誰にもしられることなくこの世を去りたいという願いをユリに語り、ユリも「左様ならば」と、彼女の言葉をしっかり受け取り別れを告げる。
第二部は養子に出された雄介の視点で始まった。ミサエの最期が微塵も描かれていないのは歯がゆいが、上記の流れからだろう。
でも、雄介が北大を卒業後に根室に再び戻る決心をするのは、百歩譲っても認められない。小山田への復讐もないとはいえないが。
締め殺しの樹が『菩提樹」だったとは驚いた。 釈迦が悟りを開いた木の別名にしては禍々しすぎる。日本で云われる菩提樹はシナノキで、本当はインド菩提樹、樹ではなく蔦、狙った木に絡みついて栄養を奪いながら芯にある木を締め付け、最後には元の木を殺してしまう。そして芯となる木がなくても蔦が自立するほどに太くなり、芯は枯れて朽ち果て中心に空洞ができる。しかし、いつか締め殺しの樹も枯れていくのだとユリの話は終わっている。これは間違いなく諦観の境地だろう。
でも、これから生きていく雄介には当てはめてはいけない。最後のページを読み終えどうして雄介、あなたは根室を出ないの!と胸の裡で叫んだ。母親のミサエが生きていたらきっとそう言って反対したはず、と考えるのは私の一方的な捉え方なのだろうか?
もしかすると、ミサエも雄介と同じ結論を出したのもしれないとも考える。
強い強靭な木があるとする、まっすぐで何もかもを受け入れる木、そんな木には安心して蔦は絡みつく、縋るなら揺るぎなく強い木。人の中にはすごく優しくて強い人が奇跡的にいる。そういう人は、他の人に倚りかかられ重荷を負わされ泣くことも歩みを止めることもできなくなる。それがミサエなのだ。
彼女は”便利な存在”にさせられたとも思えて、読後以来、私の苛立ちはずっと燻りっぱなし。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年8月2日
読了日 : 2022年8月2日
本棚登録日 : 2022年8月2日

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