英仏文学戦記―もっと愉しむための名作案内

  • 東京大学出版会 (2010年7月23日発売)
4.00
  • (1)
  • (4)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 69
感想 : 8

最近、英仏文学に触れていないなあという反省を胸に読んだ本。
タイトルから、戦争文学を取り扱ったものかと思いましたが、読み終わってみると特にそういったわけではいませんでした。
イギリス文学翻訳者の斎藤兆史氏とフランス文学翻訳者の野崎歓氏の対談集となっており、それぞれの専門から名作を紹介しあうというやり方を「戦い」に見立てているのだろうと、おもしろく感じます。

イギリスとフランスは、ドーバー海峡を挟んで向かい合わせの隣国ですが、文化や風土は実はかなり違っており、そうした違いは、文学の中にも色濃く反映されています。

「フランス小説は、ヒロインは絶世の美女ばかり」と指摘するイギリス側。
イギリス小説は『ジェイン・エア』『高慢と偏見』など、ヒロインが不美人の小説が人気です。
イギリス側は「そこに地に足の着いた面白さがある」と言います。

もともと、美人小説がイギリスにないわけでも、不美人小説がフランスにないわけでもなく、これは読者の人気傾向だと思われます。
オースティンは、幸福というのは穏やかに長続きするというイメージだけれど、スタンダールは燃え尽きる一瞬の至福という表現。
やはり実質的なイギリス人と情熱的なフランス人というお国柄でしょうか。
もともと、アングロサクソン系とラテン系なので、民族的にも気質はかなり違うと思われます。

二人とも、互いの専門領域にも詳しいため、詳細で興味深い対話が続きます。
「パリの中心には女性の姿があるのがフランス的。年上の貴婦人の庇護を得ないとどうにもならないというのがある」という意見。
中世の騎士の時代から貴婦人への敬意は続き、それは『赤と黒』にも見られるものだと思い出します。

自分が仏文を学んだため、英文よりもつい仏文の解説を熱心に読んでしまい、気が付くと仏文の特徴ばかり印象に残りました。
英文学に見られない傾向としては、恋愛の駆け引きの巧みさ。
『ボヴァリー夫人』に登場する浮気男、ロドルフの誘惑法に、「これはフランス小説でなければ出てこない」とイギリス側は驚いていました。

イギリス文学は、淡々とした世界の中に時折小さなドラマが生まれるため、その動きが小さくても印象的なのですが、フランス文学は、元々がドラマチックであり、その中に逆に倦怠が生まれるというパターン。
『ボヴァリー夫人』が恐ろしいほど的確に、ドラマの後の倦怠を書き表しています。
こう考えると、フランス文学のドラマチック旗手というのは、熱いスタンダールとクールなフローベールが代表となるようです。

ユゴーも広い意味でドラマチックですが、もっと安定感がある感じでしょうか。
個人的にはあまり好みではないバルザックについても採り上げられました。
人間が踏み潰されずに生きていくためには、エネルギーとパッションが必要で、それで運命を切り開くのがバルザックの書く人物像だとのこと。

優しいだけでは生きていけない、を文章化させた作家で、彼の世界はエネルギー論的だと表現されていました。

翻訳者の二人らしく、英語とフランス語の翻訳の差異も語られます。
ウイリアム(William)が、フランスに行くとギヨーム(Guillaume)になるというのは、いまだに慣れません。
スコットランドの作家サー・ウォルター・スコットの『アイヴァンホー』は、フランス読みだと『イヴァノエ』になるのだとか。
もうさっぱり見当がつきません。

読み終えてみると、仏文の情報ばかり印象に残り、英文側はあまり残らなかったので、次に読みなおすときには、こころがけて英文側作品の言及の方に注目してみようと思いました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 外国文学
感想投稿日 : 2014年1月14日
読了日 : 2014年1月14日
本棚登録日 : 2014年1月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする