ひとめあなたに… (創元SF文庫) (創元SF文庫 あ 1-2)

著者 :
  • 東京創元社 (2008年5月29日発売)
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感想 : 67

震災が起こり、電車が停まって、大勢の人々が徒歩帰宅したことで、高校時代に読んだこの話を思い出し、再読してみました。
新井素子作品は、喋り口調の文体が苦手で、全く読まなくなりましたが、久しぶりに読んで、再びこのアクのある文章を思い出し、懐かしい気持ちにさえなりました。

6日後に地球に隕石が衝突し、人類が滅亡することになった状況下での話。
人々は現実を受け入れられず、パニックになっている中で、ヒロインは別れを切り出された恋人に会いに、練馬から鎌倉まで歩いていきます。

その行程途中で出会う、狂った人々の様相。
「あなたとチャイニーズ・スープ」を歌いながらビーフシチューを作る話は、当時からものすごく怖く、今でも思い出したくないほどトラウマになっていますが、その話がまず初めに登場したので、(心構えがまだできていないうちに)と、また動揺しました。

久しぶりに読み返しても、妙に生々しくて、やはり怖いままでした。
この本を読んだおかげで、ユーミンの「チャイニーズ・スープ」や平松愛理の「部屋とYシャツと私」が、おそろしく思えて仕方がなくなったんでした。。。

ほかの迫力は、思っていたほどでもありません。
作者はこの話を、10代か20歳そこそこくらいで書きあげたと思いますが、やはり作品もそれなりの厚みのものとなっています。
先日読んだ『日本沈没』は、著者の人生の長さと深みが加味されてこその、リアルな大迫力だったと思えます。

みんなが全て仕事を投げ出してクレイジーになっている中で産気づくのも、気の毒な話です。
せっかく生まれてきても、数日しか生きられないという、短すぎる人生。

ヒロインが出会ったのは、年齢はまちまちだけれど、全員女性だという点が、恐ろしくもあります。
若い作家の文章の限界だったのでしょうか。

最後に恋人と再会を果たしたヒロイン。二人で鎌倉の海を眺めます。
それまでずっと、パニックの社会が描かれてきていながら、最後に静かな普段と変わらない光景が登場する。
この物語の落ち着くべきエンディングだと思います。

あとがきに、本人が改訂版出版にあたり、内容を少し訂正した旨が記されていました。
1981に書かれたものを2008に見直して、国鉄をJRに、レコードをCDに、千円札の使えない自販機を直したりしたそうです。
変わっていないようでも、いろいろと世の中は変化しているものですね。

隕石による地球爆発の設定は、伊坂幸太郎の『終末のフール』と同じで、後者の方が断然筆力が上ですが、それでも10代の私の心を存分に揺らし、ずっと心に留めさせたこの作品も、女性視点で極限状態の女性を描いたものとして、捨てがたいものがあると改めて思いました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2011年5月16日
読了日 : 2011年5月16日
本棚登録日 : 2011年5月16日

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