本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]

著者 :
  • 本の雑誌社 (2007年6月12日発売)
3.60
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本棚登録 : 217
感想 : 25

リズミカルなタイトル惹かれて読んだ本。
吉野朔実氏の世界観も好きです。
表紙の装丁がクラシカルなイラストですてき。
中世風ですが、おそらく彼女が描いたものなのでしょう。

『本の雑誌』に掲載されていた、本を中心にしたエッセイが収録されています。
気になるタイトルですが、本当のお兄さんの話ではなく、かねてより著者が抱いているすてきな双子の兄妄想の話でした。
タイトルにちなんだ数ページの漫画が巻頭に掲載され、本を語る本のイントロダクションとしての洒落た構成になっています。

章ごとに、著者の選んだ本がさりげなく紹介されており、漫画家の著者ながら、コミックだけでなく、かなり文章本好きの人だということがわかります。

"人に見せるなら見栄を張って並べる本"として、堀江敏幸「雪沼とその周辺」、オースター「トゥルー・ストーリーズ」、ミルハウザー「マーティン・ドレスラーの夢」が挙げられていました。
どれも読んだことがない本ばかり。心もとない気持ちになります。

「本棚は人の心がばれる」とは、本好きの誰もが思うことですが、著者は思いあまって「来客用に見せるものと実際に読むものを、アンネフランクのようなからくり棚のようにしたい」とまで書いているので、笑ってしまいました。

本にちなんだ日常を、愛犬との暮らしや御近所付き合いと絡めながら、のんびりと描いています。
豆本の話が載ってあり、先日作ってみただけに(わかるわかる)と身を乗り出して読みましたが、その他はかなりマニアックな本の話が載っています。
たとえば、京都の湯川書房では、布からして一枚一枚手染めと、相当なこだわりを持った手作り装丁本を制作するとのこと。
御主人は、たとえ依頼を受けても、自分で気に入った本しか作らないという筋の入り方。
昔ながらの職人気質がまだ残っているんですね。

とても読書家で、さらに自分なりの宇宙世界を持っている人だと感じます。
漫画は読まなくなったのだそう。プロなのに不思議なものですね。
日本人で外国に一番認められているのは誰かと、友人と話し合い、手塚治虫だと落ち着いたそうです。
たしかにそういう見方もあるのかも。
著者は「紙幣になってもいいくらい」と熱烈に推していますが、そこまでいかずとも、もっと評価されてもいい芸術家でしょう。

あまり熱さや興奮は無く、淡々とした日常の中での本が描かれているのが、さりげないテンポで心地よく読み進められます。

尾崎翠についての言及がありました。
少女マンガの魂がある美しい人だったとのこと。
"萩尾望都と大島弓子を足して昭和初期で割ったよう。山岸涼子のキレも入っている。"と書かれていては、気にならないわけがありません。
今度きちんと彼女の作品を読んでみたいものです。

静謐な雰囲気に包まれた作品のようですが、競馬のくだりでは異様に盛り上がっており、専門的すぎてさすがについていけませんでした。
最後に、彼女の手書き原稿エッセイを載せているのもファンには嬉しいサービス。

生真面目でまっすぐな魂を持つキャラクターたちが登場する、純粋なマンガを描く人だと思っていましたが、やはり著者本人も真面目に良く物事を考える人だということが伝わってきたエッセイ集です。
彼女の言葉の選び方ひとつからも、まっすぐで丁寧な日々の過ごし方が伝わってきて、とても感じ良く、心地よく読めました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ・対談
感想投稿日 : 2012年5月10日
読了日 : 2012年5月10日
本棚登録日 : 2012年5月10日

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