浅間山の麓に建つ山荘から物語は始まる。建物を巡るのは森や動物だけではない。人々の生き様が「先生」を中心に、幾重にも取り囲む。最初のうちこそ地味な展開だが、読み進めるに従ってその地味さがじわじわと効いてくる。本作品は建築用語にあふれた世界だが、奇妙なことに豊かなイメージを喚起する。ちなみに登場する建物や人物はすべて虚構だが、いずれも実際の建築物へのオマージュとして登場する。それらのひとつひとつが、読者への反応を見透かすように、深い味わいへと導いていく。また人物キャラクターが「立っている」のも物語の奥行を深くする。ストーリーには触れないが、登場人物ひとりひとりへの予感のようなものが伝わってくる。この作品にカタルシスがあるかと言えば「ない」と答えるしかないが、ただひたすらこの世界を縦断して流れる「時」があるのだということを改めて知らされる。本を閉じる際、しばしの恍惚感さえ感じさせる佳作だと言える。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本文学
- 感想投稿日 : 2022年7月17日
- 読了日 : 2022年7月17日
- 本棚登録日 : 2022年6月17日
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