ミラノの太陽、シチリアの月 (小学館文庫 う 13-1)

著者 :
  • 小学館 (2015年10月6日発売)
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「ミラノに仕事相手の信用を得たかったら、まずは箱を構えたらどうですか」と通信社の仕事で挨拶に行った先の編集局長に言われ、ミラノで住まいを構えた『ミラノの箱』。場所を探している矢先にある大学教授から自宅を半分にするので、買わないかど誘われ、景色のいい方の半分を買ったのだが、手入れ、改修が必要だった。だけど、まさか窓の大きさ一つ変えるにも役場の許可がいるなんて。
 イタリアには観光で行ったことがある。昔からの石畳に石造りの建築、洞穴のような地下を利用したレストラン。そんな何百年前の街の作りを壊さないように大切守ってこそ、“らしさ”が保たれるんだなあと感動した記憶がある。日本では古都京都の町中だって、木造に鉄筋、瓦、その他色々思いのままの建物でバラバラだ。道は年度末の工事でいつもデコボコのアスファルトだし。
 家にまつわる物語が多い(エッセイだけど)。
 『ディアーナの守りたかったもの』はミラノから車で1時間もかけて農村の何百年前からの荘園領主の家に帰る、売れっ子コピーライター、ディアーナの話。その家は豪華でもなければ凝った装飾もない、ただ頑丈なだけの作りだが、ヴェルディが生まれた農村の自然に魅了され愛した人と選んだ家だった。 
 鉄道の駅舎をそのまま自宅にしている三人家族の話『鉄道員オズワルド』も素敵だ。北イタリア、リグリア州のある海辺の地味な町。一日に電車が二本しか止まらない駅で、オズワルドと妻は駅員として働いている。そして住宅手当を半分にしてもらうかわりに駅舎の使っていない部分を住宅として改修して住ませてもらっている。自分たちで敷石を貼ったり、カーテンをつけたりと工夫した、ささやかな幸せな住まいだ。
 一番好きなのは『鏡の中のナポリ』だ。内田さんのご友人が住む、ナポリに16、17世紀からある由緒ある家。門を入ると住んでいる人さえ、何処まで続いているか分からないほど大きな家。その建物の中に百世帯くらいが住んでいる。そんな大きな家なのにその友人の家の台所はこじんまりとしていて、スプーンもフォークもお皿もコップも椅子も一つとして揃っているものはないが、皆年代物で味わいがある。
 その家はナポリに代々伝わる名家で、界隈に潜む様々な問題解決……例えば孤児の身元を引き受けるなど…に手を貸し、大人たちはいつも忙しい。だからそこの娘マリーナは暗い部屋がいくつもある家の中に居場所はなく、門から玄関に続く回廊のような鏡の間で妹と二人いつも空想の世界で遊んでいた。マリーナが恋したのは同じ建物の上のほうの階に住む、使用人の息子。彼の家はマリーナの家と違い、一瞬で家の中が見渡せてしまうが、家族写真が所狭しと貼られた明るい家だ。だけどその狭い家はまるで彼自身の人生みたいだとその青年は思っている。明るいが吹けば飛ぶような軽さ。それと対照的に歴史の重みがあり、大きいが、光と影が見え隠れするマリーナの家。二人は互いに自分たちに無いものに惹かれたのだった。
 家だけでなく、人も味わいがある。ミラノの運河地域で洋品店を長く営む婦人。彼女は地域の顧客の誕生日や家族構成、好みや記念日を細かくノートにつけていて、いつも気の利いた商品を気の利いたタイミングでセレクトしてくれる『六階の足音』。
 イタリアの胃袋を支えている農村のレストランでは、地元の食材を使った熱々の料理やワインをお腹いっぱい食べさせてくれるだけでなく、お客の老人が休めるベッドまで二階に用意しているという心配り。ベッドカバーの刺繍もカーテンの刺繍も壁の絵も全て手造りで、それが窓から見える青空と合っている『祝宴は田舎で』。
 イタリアはセンス良くて、お洒落で人が皆おおらかだと思っていた。だけど、お洒落というのは自分を捨てて人の真似をして新しいものを身につけることではなく、自分の周りの歴史や環境や人や自然を大事にすることで育まれるものであり、不便なものでもそのまま不便さを楽しむくらいの気持ちがイタリア人を温かく、おおらかにしているのではないかと思った。
 歴史があり、心があり、光があり、影があり、色彩があり、そして人間が滋味に溢れていた、絶品のエッセイ集だった。
 
 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年5月20日
読了日 : 2022年5月20日
本棚登録日 : 2022年5月20日

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