夜空に泳ぐチョコレートグラミー (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2021年3月27日発売)
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 こんなに素敵な文章を書く人だったなんて、知らなかった!町田その子さん!
 晴子の母はおばあちゃんに追い出され、父はそんな晴子に関心なく、愛人と結婚するのにハンディになるとさえ思っていた。孤児同然の晴子を守ってくれたのはおばあちゃん。おばあちゃんは、昔晴子の母を鎌を持って追いかけ、「お前なんか出て行け」と追い出した人。殺人未遂だったと町では噂になり、いつも校門の前で、晴子を待ち、晴子をいじめる子供には怒鳴りつけていた恐ろしいおばあちゃんだった。だけど本当は恐ろしい人ではなかった。
「おばあちゃんは、私は晴子のチョコレートグラミーになってあげるからね」って言ったの。
チョコレートグラミーはマウスブルーダーという魚のこと。親が口の中で稚魚を育てて外的から守る魚だ。でも、いつかは親の口から出て自分一人で泳いでいかなければならない。
いじめられっ子の晴子をクラスでたった一人守ってくれたのはシングルマザーに育てられている啓太。
 啓太と晴子が夜の展望公園から見た町は山に囲まれすり鉢状で、金魚鉢みたい。そして二人は夜空を泳ぐ魚になったみたいだった。寄り添い合って生きられればよかっただろうけど、晴子のおばあちゃんは認知症になり施設に預けられ、晴子は遠いところにいるおばあちゃんの妹に預けられる。
「この水槽の向こうにはもっとたくさんの水槽があるんだね。水槽どころか、池も川も、海だってある、いちいち怖がってたら生きていけない。あたしたちはこの広い世界を泳がなきゃいけない」
遠い国から捕獲されて水槽の中で生きている熱帯魚は、生きているだけで息苦しいのかもしれない。けれど、水がなければ生きていけない。

 カメルーンの青い魚ことアフリカン・ランプアイ、チョコレートグラミーことマウスブルーダー、ブルーリボンことハナヒゲウツボ、スイミー。この小説は5章からなるというか、5編の短編からなっていて、それぞれの中に前の短編に出ていた登場人物が再登場する。初めの4編全てに共通するのは海の生き物のイメージ。そして最後は「海」。
 山に囲まれた金魚鉢のような街で、行き辛いけれど、もがきながら生きている登場人物たち。たった一人の大切な人を待ちながら、たった一人の大切な人との約束を守りながら、たった一人の大切な人の生きた証を探しながら。
 海のイメージは空のイメージに通じる。そして、海のイメージは母親の胎内の「羊水」のイメージにも通じる。
 生まれてからネグレクトに苦しむ子でも、誰でも初めは羊水の中で守られていた。だけど、月が満ちれば、みんな羊水から出て、広い海へ出ていかねばならない。喘ぎながら泳いでいかねばならない。
 この小説を読んでいると、どうにもならない愛しさと悲しさを思い出し、鼻の奥がツンとなった。そして、誰かに包み包まれた感覚を思い出してお腹の中があったかくなった。
 優しく、官能的で、美しく、悲しく、強い小説だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年1月28日
読了日 : 2024年1月28日
本棚登録日 : 2024年1月28日

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