孤独な夜のココア (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2010年2月26日発売)
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感想 : 276
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「帰りみち、私は自分のために、赤に白い斑入りのチューリップを十本ばかり買った。やっぱり気持ちがふつうでなくて、浮き立っていたからかもしれない。華やぎ、というふうなのかもしれない。」
12編の短編を集めたこの本の中で、「エイプリルフール」という短編のこの部分が一番好き。
会社で、陽気で皆から愛されるがおっとりしていて抜けたところのある四歳年下のキヨちゃんと付き合っている和田さん。
男と女の付き合いで、男が払うのが当たり前なんて思っていない。お金を大切にするしっかりもので、結婚するかどうか分からなかったら、当たり前のように男に甘えるということの出来ない28歳の和田さん(女性)。だけどそんな和田さんといると「一番落ち着く」というキヨちゃん。キヨちゃんは旧家の後継で、和田さんはそんな旧家の甘ったれのボンボンと結婚しようとは思ってなかった。がある日、キヨちゃんの出張中に病院へいくと「おめでた」であることが分かった。冒頭の抜粋部分はそのときの和田さんの描写。
この短編集に収められた女性達は20代後半で、その時代(昭和50年代前半)としては結婚適齢期を超え、会社で残っている女性としては年が上のほうになり「甘えて可愛い」と思われる年代をとうに超え、自立し、仕事を面白いと思いながらこなしている女性達が多い。
だけど、女性から見たら一見可愛くないが、頼れる、人の気持ちが分かる年上の女性を「落ち着く」「可愛らしい」と思ってくれる男性がいるようで。しかもその男性たちは大抵、わりとイケメンで楽しくて、モテモテで。
ちょっと、女性側の願望も入っているかもしれない。でも、全くウソでもないと信じたい。頑張っている女性には、自立している女性には、人生の中で一瞬でも「華やぎ」があると信じたい。それが、冒頭に抜粋した部分に現れている。
頑張って、自立して、そして他者にも思いやりのある女性は、きっと報われる。…けれど、永遠ではない。「エイプリルフール」はハッピーエンドで終わったが、バッドエンドで終わった話も多かった。
姉御肌で、有能で、結婚しても仕事を辞めなくていいと言われて結婚し、家事と仕事を頑張って両立していたのに、結局いつも帰りの遅い女性に愛想をつかして旦那が出て行ったという話もある。

別の年代の恋愛の話もある。
「叔母さんの家の庭には、初夏から夏にかけていっぱい、赤いひなげしが咲いた。わたしはひなげしが大好きで、その季節、遊びに行くと、いつもどっさり、もらって帰るのだった。」
「目に見えぬ神サマの手がシワシワの花弁を開いてゆく。とても薄いのに破れもせず、みーんな静かに開ききると、風に身をゆだねるようにしてそよぐのだった。そういう花がいくつもいくつも重なり、そして白い金網の向こうには、青い海があった。」

これは「ひなげしの家」という短編の語り手の梨絵子の叔母さんの家の描写。叔母さんはバーを経営している38歳の独身女性で、神戸の海の見える家で42歳の画家である既婚男性と住んでいる(不倫)。叔母さんは小さくても自分の店を持っていて、どちらかというと同棲しているおじさんのほうがお金にだらしなく、ヒモっぽい。そんなだらしなさと「38歳と42歳の恋なんかいやらしい」ということが親戚からは嫌われている。
けれど二人は遅く知り合ったからこそ、二人の時間を大切にしていた。ひなげしの花のように鮮やかに柔らかく。そして、本当に二人の時間はひなげしの花の花びらのように薄くて、風に吹かれて散ってしまうものだと分かる。

平凡に頑張っている人達の中にふと訪れる華やいだ温かな恋愛。永遠でもないし、両思いでも男女間で思いが異なる。でもそんな一瞬を優しく飾ってくれる田辺聖子さんの文章好きです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年2月25日
読了日 : 2024年2月25日
本棚登録日 : 2024年2月25日

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