エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1994年1月28日発売)
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ずーっと前(25年くらい前かな?)、NHKのドラマで見てから、ずっと原作を読みたいと思っていた。
 昭和16年の日米開戦前夜の話。
 1月、連合艦隊司令長官 山本五十六は、ある大胆な作戦を立てる。それは、もし日米開戦が避けられないことだとしたら、開戦初日に米国太平洋艦隊をハワイで撃滅するしか方法はないということであった。この決意を海軍大臣に対して手紙に書き、信頼出来る部下に手渡しさせる。そこから、秘密裏にハワイ奇襲攻撃の作戦は進めていたはずだった。
 しかし、秘密は微かな穴から漏れる。東京のある教会のアメリカ人宣教師の元へある日本人から「日本はハワイを奇襲攻撃するつもりだ。」という情報が伝えられる。愛国心によりアメリカとの戦争をどうしても避けたかったその日本人は、その宣教師が実はアメリカ軍のスパイであることを知っており、アメリカ海軍極東課の情報士官テイラー中佐とも知り合いだった。
 日本のハワイ奇襲攻撃作戦について複数のところから情報を得た、テイラー中佐は、ケニー・サイトウという日系アメリカ人に白羽の矢を立て、日本にスパイとして送り込む。サイトウはアメリカでは差別されて育ち、スペインで義勇兵として戦い、その後、殺し屋となっていた、アメリカにも日本にも帰属意識の無いアナキストだった。サイトウは日本語、日本海軍の艦船の見方、武闘、暗号解読などの訓練を受け、偽のパスポートを用意され、日本に送りこまれた。
 日本でのサイトウのスパイ活動を助けたのは、先に登場したアメリカ人宣教師(彼は、南京大虐殺で中国人の婚約者を日本軍に虐殺され、日本に恨みを持っていた)、それから「日本に全てを奪われた」という在日朝鮮人だった。アメリカ人宣教師スレイセンは、親しくなった日本海軍の技術者を騙して、暗号通信機を作らせ、サイトウに渡す。
 サイトウは海軍の要人の家に忍び込み、ある重要な海図を目にする。何処かの島の何処かの湾。日本地図を端から端まで目を凝らして見ると、それが千島列島の中の択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)だと分かった。
 ハワイ奇襲攻撃のために日本艦隊が集結するのが択捉島の単冠湾だと分かり、スレイセンの情報からも大体の時期が分かったサイトウは択捉島に向けて、暗号通信機を持って出発する。その頃、サイトウがアメリカのスパイだと察した日本の憲兵は追いかける。
 サイトウは追っ手を避けるため、わざと直通の汽車を使わなかったり、途中でヒッチハイクをしたり、家族連れのふりをしたり、最終的には舟を盗んだり(その過程で殺人を犯したり)して、足跡を残さずに単冠湾に到着する。一方、追いかける憲兵のほうは、サイトウの行き先も目的もはっきり分からず、偽装にも気付かないので、てんやわんやである。
 サイトウは択捉島では、駅逓(馬を交換する所)の美しい女主人ユキとその使用人、宣造の好意を受け、正体を隠して匿われる。ユキはロシア人との混血児で私生児、宣造はクリル人。どちらも差別されているので、サイトウとは通じる所がある。
 ある日、単冠湾に日本海軍の艦船が何隻も集結しているのを見た日から、サイトウは冬は稼働していない鯨の加工工場の発電機を利用して、暗号通信機を動かし、アメリカに暗号を送り続ける。そして、四日後、いよいよ出撃の様子。そのことを打電しようとした時、ようやく憲兵もサイトウに追いつき……。

 結局、アメリカ側は日本の真珠湾攻撃に関する複数の警告を無視し、奇襲攻撃は成功した。
 日米開戦の前、米国海軍情報部が日本国内に複数の協力者からなる諜報網を作り上げていたこと、「フォックス」のコードネーム(この小説でのサイトウのコードネーム)により、択捉島単冠湾から11月26日まで日本海軍機動部隊の出撃を報告する暗号電があったことは史実であったらしい。
 国という大きな組織が戦争に向かって動いてしまっているときに、愛国者とは言えないアウトサイダーのような人達が、その大きな流れを変えるかもしれない活動を陰で、日本の端っこで行っていたということが興味深く、ハラハラすることだった。それが善であったか悪であったかは、その当事者にも今の私達にも言えないのであるが。 
 サイトウの持つハードボイルドな雰囲気にうっとり。テレビドラマでのサイトウ役の俳優さん、かっこよかったんだけどなあ。今は全然見ないな。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年6月13日
読了日 : 2021年6月12日
本棚登録日 : 2020年8月25日

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