八月の銀の雪

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  • 新潮社 (2020年10月20日発売)
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 知らなかったな。地球の内核は地球の中にあるもう一つの星。その星の表面は、びっしりと全部銀色の森、その正体は樹枝状に伸びた鉄の結晶だということ。そしてその森には銀色の雪=鉄の結晶の小さなかけらが降っているかもしれないということ。科学ってロマンチックだね。
 地球も人間も同じ。地球は地殻、マントル、コアの外核、コアの内核と層になっている。そして人間も外側が就活に失敗続けている大学生であっても、使えないコンビニ店員であっても、一皮めくった内側は子供のころからロボットを制作していたり、地球のことを研究する科学者の卵であったり、今すぐには社会で役立てなくても、いつか実になるようなキラキラしたものを内包しているのだ。そして一人一人の人間の内側もその人が今まで人生で出逢った人や出来事によって色んな気持ちや能力が層になっているのだ。(「八月の銀の雪」)
 クジラの脳のニューロンの数は人間より凄いらしい。だけどそんな知性をどこで使ってきたのだろう。暗い海の中で、クジラたちは視覚よりも音で世界を構築してきた。クジラには彼らだけの美しい歌があり、その声は1800キロも届くらしい。道具や技術を使って「外向きの知性」を発展させてきた人間と対照的にクジラは深い海の中で「内向きの知性」や精神世界を発展させているのかもしれない。と自然史博物館の網野先生は言う。この世界は広いだけじゃない。深いんだね。
(「海へ還る日」)
 渡り鳥やハトは体の中に方位磁石を内包しているらしい。だからどんなに遠くへ行ってもちゃんと帰るべきところへ帰れるらしい。すごいね。あんなちっちゃな体で。そんなちっちゃな生き物でも生きていけるように体の中に方位磁針を組み込ませた神様は恐るべし。でも人間も帰る方向を示してくれる方位磁針を心の中に持っているらしいよ。(「アルノーと檸檬」)
 あと二編。精緻で深淵な科学の世界のことを知ると、ふと自分のことを「私なんかどうせダメだ。」と思うことがどれだけ傲慢なことかと思えてくる。神様は私たちの体の中にも頭の中にもそして私たちを囲む環境の中にも素晴らしいものを限りなく用意してくれている。そのことに思い当ってホロリとする小説たちだった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年8月21日
読了日 : 2022年8月21日
本棚登録日 : 2022年8月21日

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