「みんなの意見」は案外正しい

  • 角川書店 (2006年1月31日発売)
3.45
  • (36)
  • (90)
  • (165)
  • (14)
  • (5)
本棚登録 : 776
感想 : 107
5

1~6章
序盤は、集団の知恵が個人の専門家の知恵を上回るのはどのような時なのかを、ギャンブル、株式市場といった現実社会の事例や、実験上で起きた仮想の事例から読み解く。それらの事象を通して、集団の意見が優秀な個人の意見を上回る時は、集団の「独立性」と「多様性」が保障されている時であると示す。一般的に、集団の行動とは理性からかけ離れたものだと考えられているが、それは上記の「独立性」と「多様性」が保障されていない場合だと著者は論じる。独立性が保障されていなければ、ある事象の判断の際にたまたま先頭に立った人の意見が重んじられることになり、多様性がなければたとえある一人が誤った判断をしても、集団で見れば正しい判断ができるという集団のメリットが失われてしまう。集団において独立した個々人は、他者が持っていない情報を持っており、また個人が犯した間違いが他者に伝搬しないので、集団として間違いを犯すことはない。

 また、一元管理的に権力者や専門家だけが意思決定をするのではなく、「分散性」をもったコミュニティのもつ力についても触れている。ただし、あくまで各人の意見を集約するメカニズムが必要だと注意する。

 話は「調整」、「協調」へと移っていく。一人ひとりが市場のようなメカニズムに組み入れられると、自己の利益を追求することで他社とのうまい調整は行われると筆者は述べる。ただし、合理的ではない社会的な慣習があるなど、「こうあるべき」という目標に対して障害がある場合は、正しい調整が行われないこともある。「協調」の事象の場合は単純ではなく、一人ひとりが自分の利益を追求すると、集団が協調的である場合よりも全体的な利益は劣ることを、公共財などを例にして示す。

7~12章
 後半は、実社会における事例を、1~6章で解説してきた「みんなの意見は大体正しい」という主張に照らして分析していく。章ごとに別の話を取り上げているので、ここでは特に面白いと思ったスペースシャトル「コロンビア号」の事故の話と、なぜバブルが起きるのかという話についてまとめておこうと思う。

 2003年、コロンビアの飛行管理班、MMTとコロンビアの搭乗員は断熱材の破損の事実を軽視して悲惨な事故を引き起こしてしまった。筆者は、宇宙飛行に関する専門家たちが正しい判断を下せなかった理由を、視点の多様性の欠如にあると述べている。現在のNASAは、大学を卒業してすぐに入社した人が多い。MMTメンバー内に多様性がないために、「集団極性化」という現象を起こした。これは、集団に偏りがあるときに話し合いをすると、話し合いの後では集団の意見はその偏りのほうに極端に移動するという現象である。この現象は、人々の価値基準は「社会的比較」にあるから起きるのだとする。最初は意見が中立にあった人も、集団全体の意見が偏っている場合、自分の意見をその偏りのほうに移動させることで自分の中立の立場を確保する。このため、話し合いをすると段々偏りの側に意見が動いていくのである。

 バブルはなぜ起きるのか。バブルが起こる原因は、株式が転売可能であるからだ。普通、リンゴやテレビを買う時には、転売することを考えない。なので、リンゴやテレビの価値を判断するときには、相対的に独立した状態で判断する。しかし、株式は、企業の収益の配当を得る権利を持っているのと同時に、転売して売りぬくことで差額の収益を得るという性質も持っている。このため、株価は相互依存した判断に基づいて決まっている。人々が高く買うことが予想できれば株価は上がるし、そうでなければ株価は下がる。投資家は個人個人で考えて投資するので、普段は相互依存と独立性が共存している。しかし、何かのきっかけで相互依存の方向へ大きく傾くと、バブルが発生する。他者が高く買ってくれると予想するから高い価値をつける、といったように。ここでわかるのは、集団がお互いに模倣し合うようになると、集団は賢くなくなってしまうということである。

注目点
本書を読んで一番納得させられたのは、「集団が賢くなれるか賢くなれないかは、多様性と独立性にある」という部分です。一般的に集団は賢くないと思われていますが(自分も集団は賢くないと思っていました)、いずれの場合をみても集団が狂気に狂うのは、自分の意見を持たないで集団に依存してしまったり、反乱分子を抑圧してしまったりする場合であり、多様性と独立性に欠ける場合がほとんどだとわかりました。バブルや暴動は前者の例、談合や貴族政治は後者の例でしょう。
現実にどれだけの集団が多様性と独立性を持っているかというとかなり疑問です。人間は人に流されやすく、また声高な人の意見を採用してしまうきらいがある気がする。本書中でも、意見が賢くなる好例として賭けのときを挙げているように、社会で役に立つレベルで集団の意見を採用している場合というのはあまりないような気がします。集団の意見をより活用するためには、集団の独立性を確保できる状況と、その意見を公平に集約する機関が必要だと思います。
そう考えると、近年話題の裁判員制度などは、制度の是非はともかく、集団の意見を活用する場としては面白いのかもしれないですね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 学術書
感想投稿日 : 2010年10月18日
読了日 : 2010年10月7日
本棚登録日 : 2010年10月7日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする