「自白」はつくられる:冤罪事件に出会った心理学者 (叢書・知を究める)

著者 :
  • ミネルヴァ書房 (2017年2月25日発売)
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【書誌情報】
『「自白」はつくられる――冤罪事件に出会った心理学者』
著者 浜田寿美男
シリーズ 叢書・知を究める;10
出版年月日 2017年02月25日
ISBN 9784623079940
判型・ページ数 4-6・288ページ
定価 本体3,000円+税

 「心理学者」である著者がはじめて「事件」に出会ったのは、今から40年前、知的障害児施設で溺死体が発見された甲山事件の裁判でのことであった。その後も帝銀事件、名張毒ぶどう酒事件、袴田事件と、様々な「事件」と出会うが、その「事件」たちが簡単には終わらない――。冤罪主張の事件において「心理学者」という名目で、主としてその自白の供述鑑定を行ってきた著者が、被疑者の「渦中の視点」からその自白の意味を読み解く途を探る。

[ここがポイント]
◎ なぜ無実の人が噓の自白をしてしまうのか。その理由を心理学者の視点から「科学」の目で探求。
◎ 甲山事件、帝銀事件、袴田事件などを取りあげ、事件の経緯から供述分析の過程に至るまでを丁寧に記述。
http://www.minervashobo.co.jp/book/b278721.html


【目次】
目次 [i-vi]

序章 終わらない「事件」たちとの出会いから 001
1 「事件」との最初の出会い 002
2 終わらない「事件」たち 004
  その1 帝銀事件
  その‎2 名張毒ぶどう酒事件
  その3 ‎狭山事件
  ‎その4 袴田事件
注 009


■第I部 「事件」を語ることばの世界
第1章 「事件」に迫る心理学を模索して 013
1 最初に出会った事件──甲山事件 013
  裁判と心理学のあいだに横たわる深い溝
  ‎「心理学者」になりきれなかった過去
  ‎さまざまなかたちをもつ素朴心理学
  M‎君の「ハヤシライス」の謎
2 事の本質は細部に現れる 021
  語りの逆行的構成
  ‎思い出して語るのではなく、思いついてでも語る
3 「ことば」とことばが作り出す「世界」 028
  「能力」論では見えない子どもの生活世界
  ‎M君のことばの能力と法廷証言
  ‎ことばが根を下ろすということ
  ‎M君のことばは浮いている
4 ことばと現実 034
  現実から生まれ、現実を離れることば
  ‎ことばと現実
  ‎一次的ことばと二次的ことば
  ‎もとの対話世界に立ち戻ること

第2章 語りの臨場モデル 043
1 「事件」を語るということ 043
  自民党本部放火事件
  ‎「記録」を「記憶」のように語る
  ‎「記憶を語る」ことと「事実を語る」こと
  ‎さまざまな「供述の起源」
2 供述聴取と記憶の働き 049
  女児のわいせつ被害事件
  ‎記憶の場面を一枚の絵に描くことはできない
  ‎記憶のほんらいの働きは生活の体験を流れにつなぐこと
3 ことばが現実を立ち上げる 056
  身体をこの場において世界を体験すること
  ‎文字が立つということ
  ‎語りの臨場感から語りの真実性を判断できない
4 許せない判決 062
  冤罪者の怒りに自分を重ねて
  ‎あまりに情けない話


■第II部 「自白」の謎に出会う
第3章 冤罪事件の最大の暗部である虚偽自白 069
1 自白がネックとなった多くの事件 069
  自白はいまも「証拠の王」
  ‎冤罪事件の最大の暗部
  ‎虚偽自白とその類型
2 無実の人が自白に落ちる心理 075
  虚偽自白の二つの過程――自白に落ち、自白を語る
  ‎取調官の「証拠なき確信」
  ‎取調べの圧力と人間の弱さ
  ‎無実の人には刑罰が虚偽自白が歯止めにならない
3 無実の人が犯行筋書を語る心理 081
  「私がやりました」と認めたものの……語れない
  ‎「犯人を演じる」以外にない心理
  ‎積み上げられた膨大な自白調書から
4 真の自白と虚偽の自白をどう判別するか 088
  無実の被疑者と取調官の合作
  ‎全面自白後に二転三転する自白
  ‎無実者の想像の産物としか思えない自白
5 確定死刑囚の釈放 095
  袴田事件に「再審開始」の決定が出る
  ‎合法的「拉致被害者」の釈放
  ‎「主よ、いつまでですか」
注 100

第4章 犯人を演じる──「賢いハンス」現象 101
1 虚偽の自白がなぜ見抜けないのか 101
  自白の供述分析を正面から受けとめようとしない裁判所
  ‎虚偽自白を見抜くには虚偽自白を知らなければならない
  ‎取調官たちも虚偽自白を知らない
  ‎現場引き当ての謎
2 生還できなかった無期懲役囚の事件 107
  「空しく」とも闘いをやめるわけにはいかない
  ‎日野町事件
  ‎「賢いハンス」の構図
3 ことばの背後にあるコミュニケーション 115
  一〇〇年以上前の大発見
  ‎取調官の期待と無実者の演技
  ‎名古屋高裁の再審請求棄却決定――許されぬ非礼なことば
4 「賢いハンス」状況から抜け出せない人たち 122
  コミュニケーションとしての裁判
  ‎名古屋高裁の再審請求棄却決定の背後にあったもの
  ‎ハンスが「知らない」と告白しても
注 129


■第III部 虚偽自白の罠を解く 
第5章 虚偽自白の根にある対話 133
1 冤罪の争いはことばの争い 133
  物証と人証
  ‎証拠が脆弱な事件ほど冤罪は晴らしにくい
  ‎ことばの争いは争いとして成り立つのか
2 自白が無実を明かす 140
  無実証拠となる自白
  ‎刑事裁判における片面的仮説検証
  ‎裁判官たちは知らない
3 噓を生み出すことばの世界 146
  人はことばの世界の渦を生きる
  ‎ことばに嘘はつきもの
  ‎嘘の動機論、状況論
4 噓はその場の状況の産物 153
  一般論の危うさ
  ‎対決を避けるための嘘
  ‎相手から迎え入れられ、支えられる嘘
5 出来事を語る三つの対話タイプと虚偽自白の噓 159
  「支えられる嘘」を見抜くために
  ‎出来事を語る三つの対話タイプ
6 自白に落ちたのに犯行筋書を語れない 166
  自白に落ちても語れない
  ‎犯行筋書を語れない長い長い期間
  ‎氷見事件の自白過程
注 173

第6章 自白的関係に抱き込まれた語り 175
1 70年ものあいだ解けなかった自白の罠 175
  ある訃報
  ‎語れるはずの重要部分を語れない
  ‎腕章も毒殺に使った薬も「手に入らない」
  ‎現場にどう入ったかも、何を飲ませたのかも分からない
2 被疑者の「語れなさ」に目をつむる取調官 184
  平沢さんの「語れなさ」
  ‎「語れなさ」を「語りしぶり」と見る
  ‎「仏心の清い心」となって、なお語れない
3 平沢貞通事件の謎 191
  「私は帝銀犯人だ」
  ‎平沢さんの「催眠術」の謎
  ‎再審請求は遺族に引き継がれる
4 自白的関係から抜け出す 197
  取調べの場で見抜けるはずの虚偽
  ‎自白的関係からの脱出の難しさ
  ‎「自白を離れた」立証に潜む問題性
5 寡黙な物証と饒舌な自白 204
  証拠の弱い事件ほど崩れにくいという逆説
  ‎「物証を離れて」、自白のなかに無実の証を見る

第7章 もう一つの虚偽自白──真犯人もまた虚偽の自白に落ちる 209
1 真犯人の虚偽自白 209
  光市母子殺し事件
  ‎真犯人の自白に紛れ込む虚偽
  ‎事実認定と責任追及の手続き二分論
2 「モンスター」になった少年 216
  刑事裁判における「納得」
  ‎「生の僕を見てほしい」
  ‎取調べの場で実像が歪められる理由
3 情動犯罪における事実認定 223
  犯行時の記憶がない
  ‎「情動犯罪」というもの
4 事実の認定に納得できない犯行者 229
  耳かき店員ら殺害事件
  ‎記憶欠損の証拠
  ‎記憶によらない自白で人を罰してよいのか
  ‎冤罪は裁判における「事実認定」の失敗である


■第IV部 「事実認定学」のために 
第8章 日本型「精密司法」の悪弊 
1 「精密司法」は精密か 239
  「精密司法」とは
  ‎古い再審請求事件とその取調べ録音テープの開示
  ‎録音テープが語るもの
2 取調官たちの心理 245
  集団ぐるみの「証拠なき確信」
  ‎「精密司法」の背後で蠢くもの
  ‎被疑者の自白寄与度
3 人間の現象につきあう 252
  人間現象としての「精密司法」
  ‎圧倒的に非対等な対話
  ‎「精密司法」は誰のための精密なのか

第9章 冤罪事件に終わりはない 
1 冤罪にかかわる二つの大ニュース 259
  確定死刑囚の獄死
  ‎獄中二〇年の無期懲役囚の釈放
  ‎ありえない犯行筋書で裁かれた二人
2 事実の認定は証拠による 265
  過去の出来事を語るときの逆行的構成
  ‎供述の信用性と「供述の起源」
  ‎無実を証明するイノセンス・プロジェクト

おわりに(二〇一六年六月 浜田寿美男) [273-280]



【抜き書き】
□30頁
じっさい、その証言の内容を見てみると、〔……〕主尋問では、検察側から予定された内容をほぼ問題なく証言することができた。それだけの能力はあったのである。
 ところが、反対尋問でのM君は、弁護人から聞かれたことを、体験した出来事に照らして「思い出して」答えるのではなく、聞かれるつどその場で「思いついて」でも答えてしまう。結果として、そこには無視できない矛盾や変転がつぎつぎと出てきて、しかも何日にも及ぶ法廷で、それが果てしなく繰り返された。それは、通常の証人尋問ではありえない、およそ前代未聞の事態であった。

□36頁
 現実の体験から生まれたことばが、現実を離れたところで意味をなす。〔……〕この点を論じるために、ことばの育ちをいま少し先のところまで見ておかなければならない。
 ここで注目したいのが、岡本夏木先生が『ことばと発達』(岩波新書、1985年)のなかで説いた「一次的ことばから二次的ことばへ」の展開である。

□40頁
 刑事事件の捜査や裁判で語られる供述も、もともとは対話である。〔……〕その意味で、供述はすべて一次的ことばのかたちに根をもつのであって、そのもともとの状況的・行動的な脈絡をぬきにその正確な意味を捉えることはできない。
 ‎ところが、日本の刑事捜査においては、もともと対話的に聴取された供述も、「私は、○○のときに、△△において、××しました」という独白調の一人語りの形式で調書化される。〔……〕じっさい、それは裁判において証拠として独自に評価されなければならない以上、それ単独で十全な意味をなさなければならない。そして、現実の「具体的な状況や行動の脈絡から離れ」れば、それに応じて現実を歪める虚偽の入り込む危険性も大きくなる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 320.法律・司法
感想投稿日 : 2017年12月12日
読了日 : 2017年12月16日
本棚登録日 : 2017年12月12日

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