ゴプセック/毬打つ猫の店 (岩波文庫 赤 530-10)

  • 岩波書店 (2009年2月17日発売)
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『毬打つ猫の店』 1829年・・・風俗研究

『毬打つ猫の店』は、バルザックの風俗研究の1番目の作品である。すなわち、人間喜劇のなかの最初の作品なのだ。
もっとも、バルザックが構想した人間喜劇の当初の案では、4番目に位置する予定の作品であった。
現行の人間喜劇は、総序を含め90篇なので、未完作品や構想のみの作品たちは、バルザック逝去により日の目を見ることがなかった。

そういう事情で『毬打つ猫の店』が、人間喜劇の第一番目の作品となったわけで、人間喜劇を読む身としては特別の感情を抱いてしまう。

今回、岩波文庫より、『ゴプセック 毬打つ猫の店』が発刊されたのは嬉しいニュースだった。

『ゴプセック』は、以前に読み、こちらに(←クリックするとリンクしています)すでに書評を書いたので、今回は、『毬打つ猫の店』について書きます。

まず、『毬打つ猫の店』という店のネーミングはとても面白い。
でも、ヨーロッパにはこのようなユニークな名前の店は結構あって、たとえば、サン・ジェルマン・デ・プレでお馴染みのドゥ・マゴは、2つの人形という意味だし、ヴィクトル・ユゴー広場の近くにあるプティ・バトーは、小さな船という意味なのに、子供服のお店。
バルザックもほかにも「糸を紡ぐ雌豚」や「緑の猿」という店の紹介をしている。

『毬打つ猫の店』は、布地を売る老舗である。この店は、老朽化した建物にあり、後ろ足で立ち上がり大きなラケットを握る猫の絵の看板があった。

店主はギョームという名で、先代から娘と共にこの店を貰い、堅実に切り盛りしてきた実直な男である。

彼には、二人の娘があり、二人とも商人の娘らしく本は殆ど読まないが、家事を完璧にこなし、倹約家で、慎ましかった。

彼女たちの愉しみは、内輪で開かれるささやかな集まりで、そこには香水商のセザール・ビロトー(のちに判事となり勲章を受けるが破産 『セザール・ビロトー』に彼の晩年までが描かれている)などが訪れた。

ギョームは、数人の店員を雇っていたが、その中で、ルバという男と長女を結婚させ、店を継がせる心積もりであった。

そのことをルバに伝えると、ルバは喜んだが、失望もした。なぜなら、ルバが好いているのは長女ではなく、次女の方だったから。

よくある話である。

長女より美しい次女を恋していたのはルバだけではなかった。
ある若者が次女を見初めていた。若者は画家であった。家もろとも美しい娘を描き、その絵は評価された。

若者の名はテオドール・ド・ソメルヴュー。名の表すとおり貴族である。

斯くして、長女はルバと、次女はテオドール・ド・ソメルヴューと結婚し、ソメルヴュー男爵夫人となった。

めでたしめでたしかと思いきや、バルザックの小説の幕はここから開く。

男爵夫妻は、純粋に燃え上がる1年間をこの上ない愛のもたらす恍惚と陶酔の中に終えた。
そして、1年後、この商人の娘は貴族の夫に飽きられてしまう。

教養がなく、社交界の礼儀作法も知らない妻の言動は、貴族の夫の虚栄を甚だしく傷つけることになってしまったのだ。
彼女は学ぶすべを知らず、ただ忍耐強く従順で献身的な愛により、再び夫の愛を取り戻せると思っていたが、無理であった。

しかし、この商人の娘は驚くべき手段に出る。
夫が夢中になっているカリリャーノ公爵夫人の元へ乗り込んだのだ。
カリリャーノ公爵夫人は、最も洒落たパリの女性のひとりであり、彼女が開いた舞踏会は話題となる。『ペール・ゴリオ』にもこの様子が描かれている。

訪ねたカリリャーノ公爵夫人の家にはデグルモン大佐がいた。公爵夫人にとって、男心を手玉にとるのは簡単なこと。
男は入れ替わりながら公爵夫人の戯れの相手となる。

面白いのは、このカリリャーノ公爵夫人と商人の娘とのやりとりである。
正直に自分の辛い身の上を語り涙する娘と、酸いも甘いも噛み分けた公爵夫人との会話は、夫のテオドールと同じように、彼女と違う世界に住んでいるということを感じてしまう。

商人の娘は、夫の愛を取り戻そうとしたが、果たせず27歳の若さで亡くなった。

一方、長女夫妻は、情熱的とか甘美とかそういう表現の日常はないものの堅実に店を切り盛りし、のちにルバは、裁判所の判事にも任命され、苦楽を共にした妻と添い遂げる。

この小説は、アフォリズム的要素が濃い作品だと感じる。

若い時の愛が、麻疹のごとき特徴を持っているということ。
生れや価値観の違いは、乗り越えがたき障壁になりうるということ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2011年10月2日
読了日 : 2011年10月2日
本棚登録日 : 2011年10月1日

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