外科室・海城発電 他五篇 (岩波文庫 緑 27-12)

著者 :
  • 岩波書店 (1991年9月17日発売)
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浅学な私にとっての「泉鏡花」といえば「怪奇趣味とロマンティシズム」というように教科書的には習ったものだが、果たして読んでみた率直な所としては怪奇やロマン云々よりも’ことごとく女の人が大変な目に遭っているなあ’という所に尽きる。
収録の全7編、どれもこれも登場する美女がこれでもかと酷い目に遭っている。川村二郎先生の解説の言を借りれば、「嗜虐的な趣向」(p268)、「美女受難」(p277)の物語に終始する初期作品集であろうと思われる。おそらくここで大事なのは’美女’がえらい目に遭うという点であり、まだ調べてはいないが多分何らかのコンプレックスやわだかまりを女性に抱いていたのではなかろうか。

少し前に読んだ、同時代に活躍した田山花袋(新潮文庫9784101079011)よりも正直なところ読み難さはあった。

以下、各話感想。

〈義血俠血〉…前半は馬車と人力車のカーチェイスにワクワクすっぞ。打って変わって後半は美女〈滝の白糸〉さんが『俠』を貫いた為に裁判の場にまで引き立てられる超展開に。めちゃくちゃだけど体温がちょっと上がるエンタメ風味。

〈夜行巡査〉…もはや意味不明レベルの発言を繰り返すくそじじいに腹が立つ。〈八田巡査〉も融通が利かないくそ堅物だが何も死ぬ事はないのにね。

〈外科室〉…表題作のひとつ。上章はわかる。あぁ、過去に〈高峰医師〉と〈貴船夫人〉の間に何らかの邂逅・ロマンスがあったのだろうとは察せられる。
が、読んでも読んでも下章の会話のどこからどれが誰の発言なのか分かりにくくて(特にp128、129の部分)、そもそもどうしてここで商人体の壮者ふたりをぽっと登場させたのか。極め付けは高峰と夫人はただ’見かけた’くらいの接点しか書かれておらず、出逢いから手術に至るまでにどういった事があったのかは全て読み手の想像に委ねられる。大胆。

〈琵琶伝〉…意に沿わず、好きでもないどころか「忌嫌ひ候」(p134)という相手の元に嫁いだ〈お通〉と、その忌み嫌われている軍人の旦那〈近藤〉と、お通の真の想い人〈謙三郎〉とのバイオレンスで不健全な三角関係の物語。終盤のお通の行動にただただ唖然。ラスト1行、リフレインの余韻がたまらない。

〈海城発電〉…とかく酷い目に逢いがちな本書中の女性陣の中でも、特に哀れなのがこの〈李花〉。〈看護員〉の男は赤十字社員としての職務は全うしたかもしれないが、彼女に対する彼のラストの振る舞いには失望しかない。蹂躙される彼女を前に「諸君」(p190)と呼び掛けた際に、彼は何と続けようとしたのか。

〈化銀杏〉…結構好き。本作品中に登場する女性陣の内で唯一、明確な死亡ではない幕引きを迎える〈お貞〉による、お貞の物語。最終的に狂ってはしまうのだが。明治の世にありながらもこんな風な思想に到達し得た鏡花の独特な精神性がうかがえる。p228からp230までのお貞の長台詞は現代の妻達にもきっと共感を得られるのではなかろうか。たぶん。

〈凱旋祭〉…戦時における狂乱を描いたと思う作品。余りにも露骨に対清戦争の勝利に浮かれる群衆と、それを一歩引いた場所からつぶさに冷静に見つめる視点(鏡花ないしは読者)。色彩描写が豊かで、「紫の幕、紅の旗、空の色の青く晴れたる、草木の色の緑なる」(p256)や「黄なる、紫なる、紅なる、いろいろの旗」(p260)や「青く塗りて、血の色染めて、黒き蕨縄着けたる提灯」(p264)など、とにかくどぎつい程にガチャガチャとカラフル。まるで、取り留めのない群衆のカオスを表現しているかのよう。


もっと作品に触れつつ、鏡花のパーソナルな面も知っていけばより一層理解が進むかもしれない。
本書を一周読み終えて改めて、彼は女性に対して何らかの思想を抱いていたのだろう。
なおかつ、短編集でありながらどの話もアクが強く、少なくとも人にあらすじを言えるくらい鮮烈に印象に残ったというのは、まさに本作が’キラーアルバム’たり得る凄味を纏っているからだと思う。


30刷
2023.9.2

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年9月2日
読了日 : 2023年9月1日
本棚登録日 : 2023年9月1日

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