他人の顔 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1968年12月24日発売)
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感想 : 199
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マスクをしていないと、奇異な目を向けられる昨今において。

主人公はもはや妄想観念的な執着心でもって仮面を作り出そうとする。

しかし、この執着心やら孤独感とはどこに源泉があるのだろう。

顔、なのだろうか。

P.74『怪物の顔が、孤独を呼び、その孤独が、怪物の心えおつくり出す。』

こだわりの強さ、情緒交流の乏しさ。
そこに、恐るべきボディイメージの歪みと疎外感が加わる。

P.80『流行と呼ばれる、大量生産された今日の符牒だ。そいつはいったい、制服の否定なのか、それも、新しい制服の一種にすぎないのか』

これは昨今でもまったく同じ現象を容易に思い浮かべられる。量産型女子大生とか男子大生とか、就活スーツ、或いはカジュアルオフィス、クールビズ等々。

そこに根底に流れる疎外感と自尊心の欠如がさらに妄想分裂的心的態勢へ退行させる。

P.82『ぼくに必要なのは、蛭の障害を取り除き、他人との通路を回復することなのに、能面の方はむしろ生にむすびつくすべてを拒否しようとして、やっきになっているようでさえある』

このジレンマはマスクをすることで、他者と交流を試みて、しかしマスクという符牒がなければ交流できないという現在の我々のもどかしさとも重なるようだ。

次第に、人格が徐々に交代する。
しかし、これはマスクへ投影された自己像であって、そもそも欲求の投影をはじめから試みていた事もわかる。

それは妻への攻撃であり、この主人公の性的欲求と攻撃性が未分化な未熟な人格構造の投影でもある。

この物語が読みにくいのは当然でもある。

妄想性障害。

奇妙な数式と論理。訂正不能な認知がこの病理を想起させる。

もっと詳しく生育歴を調べたいものだが、二重の父性など元来から葛藤深い人格構造のようでもある。

そして、彼の知能は抽象的思考優位のようでいてその実具体的思考の域を出られていない事も妄想的思考たらしめている。

数学のような体裁であるが、しかし実際は算数の域を出ていない、というべきだろうか。

いずれにしても、読みにくく了解不可能な物語である。

解説(大江健三郎)のアンバランスさ、とはまさに。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年5月28日
読了日 : 2020年6月2日
本棚登録日 : 2020年5月25日

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