人間仮免中

著者 :
  • イースト・プレス (2012年5月18日発売)
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感想 : 251
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統合失調症当事者の生の記録。
この疾患の妄想世界をこれだけありありと、豊かに描いた同時代人がいたとは。
病的体験を克明に記憶していて、かつケレン味なく表現しているのは貴重だ。そして多くの統合失調症の闘病記が陥りがちな「露悪や自虐によるいたたまれなさ」がこの作品には感じられない。

幻覚妄想体験を克明に執拗に描きつつも、現実と妄想の世界はいつも連続的であるかのようである。つまり、現実に起こる衝撃的な出来事と、恐ろしい妄想世界とで、筆致やコマ割りのテンポにほとんど差はなく、安易に妄想世界をおどろおどろしく描いて区別することが回避されている。いやむしろ、意図的に回避しているというよりも、症状や副作用によって減退した能力を振り絞って1コマ1コマを描くことの「必死さ」がそうさせてしまっているのかもしれない。

「妄想――それは現実より現実的な摩訶不思議な世界です」

内縁の夫との不安定な関係や精神的身体的な障害に翻弄され格闘するさまがストーリーの軸であるが、母子関係やスティグマについてもさらりと描かれている(そのあっさり感が防衛的な印象を与えて微笑ましい)。
おそらく作者を取り巻く対人的・経済的な環境は、障害者のなかではとても恵まれたものだろう。「本当の悲惨とは声なき声であって、作者の体験しているようなものではないのだ」と言ってしまえばそれまでだ。しかし、表現できる能力をもち発信できる立場にいる人が表現していくことでしか、体験は伝わらないものだ。必要なのはひとつでも多くの当事者の語りである。
それに対し何らかの評価を与えることが許されるとすれば、彼女は生きることや支えられていることに自覚的になれた、ということだけでじゅうぶんだろう。

本作以後の、障害者との共同生活についても、少しずつでもいいので作品化してほしい。そしてその行為が直接的にであれ間接的にであれ彼女自身を支えていくことになれば、と(まったく余計なお世話であろうが)願っている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: マンガ
感想投稿日 : 2013年3月10日
読了日 : 2013年3月10日
本棚登録日 : 2013年3月10日

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