お勝手太平記

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  • 文藝春秋 (2014年9月30日発売)
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日本経済新聞社


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お勝手太平記 金井美恵子著 書簡体小説 人生と世相辛辣に
2014/11/9付日本経済新聞 朝刊

 手紙というものが世の中から消えつつある。無論みんな電子メールで済ませているのである。私も書かないし、受け取ることも稀(まれ)だ。もし届いたら、返事を書くのに困ってしまうだろう。せいぜい葉書まで、と思う。







 本書はそんな時世に出現した書簡体小説である。読書と手紙書きが趣味という六〇代の女性「アキコ」が、中学以来の親友たちに宛てた手紙が並ぶ。手書きで縦書き、何日もかけて書かれたものである。相手は同級生の仲良しグループだった三人と、憧れていた先輩の女性が主だ。文面からそれぞれの多事多難を経た人生が浮かび上がる。くも膜下出血から回復したかと思うと、再婚した夫がアルツハイマー病を発症した「マリコ」。役場を退職し、郷里の要介護の母親を心配する皮肉屋の「みどり」。会社を経営する夫を早くに亡くし仕事を継いでいる映画好きの「弥生」。そして上級生の「絵真」も未亡人だが、娘婿が有名な大学教師で、アキコは彼の書評のファンだ。


 一方、長いあいだ独身だったアキコは、五九歳で弁護士と結婚し、今は幸せそうだ。口さがない毒舌少女のまま歳(とし)を取った自称「偏屈さん」の彼女の手紙は、脱線に次ぐ脱線の四方山(よもやま)話で、終始世の中の「おかしなことを批判的に笑うユーモア」に満ちている。その辛辣さは、時には筆が滑って友人の機嫌を損ねる「筆禍事件」も起こす。女学校時代の回想に耽り、映画や小説の薀蓄(うんちく)に耽り、新聞の滑稽な投書を読み合って盛大に笑いものにする。しばしば著者自身のエッセイと区別がつかなくなるが、金井美恵子の名前も文中に登場して「どちらかといえば好き」と書かれているのはご愛嬌(あいきょう)である。


 しかし本書はたんなる書簡体に擬されたエッセイ集ではない。一人の厖大(ぼうだい)な手紙から、差出人と受取人双方の人生を描き出し、五十年にわたる世相の歴史が紡がれていく。このアキコの手紙は、全てコピーに取って保存されているという。読み進むにつれて、一文字も本人の文章は登場しないのに、友人たちの面影が体温を帯びて立ち上がってくる手応えは、まさに手の込んだ小説である。そして最後に、「書く楽しみのために図々(ずうずう)しくも勝手に凄く理想的な読者を設定して書いた」ことが明かされるのだ。最後の最後まで考え抜かれた「小説」である。「私たちの人生って、なんて平凡で平板なんだろうって、満足のためいきと共に」というアキコの言葉が、脳裏から離れない。書き続けることの「満足」を惜しみなく発揮した痛快作である。




(文芸春秋・2000円)


 かない・みえこ 47年群馬県生まれ。作家。著書に『プラトン的恋愛』『タマや』など。




《評》文芸評論家 清水 良典


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感想投稿日 : 2014年11月9日
本棚登録日 : 2014年11月9日

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