戦下の淡き光

  • 作品社 (2019年9月13日発売)
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感想 : 23
5

前半(第一部)は「設定に頼りすぎな陳腐なインディ映画みたいだなぁ」などと失礼なことを思いながら読んでいたのですが、後半の第二部に入ったとたん、「オンダーチェ、キター!」と言いたくなるような独特の美しい描写が続き、またまたすっかり心奪われてしまった。

第二部を読むと、前半部分のゆらゆら揺れる影絵のようなモノローグは、思春期特有の不安定さからくるものではなく、「戦下の淡き光」の中で多くの部分が意図的に覆い隠されていたことによるものだったと分かる。(主人公は "不明瞭な地図" という言い方をしている)

その不安定な状況で足元がグラついたまま思春期を迎えた少年に、明るく健やかで安定した世界があることを教えるミスター・マラカイトの登場には激しく心揺さぶられた。
「オークの木のように強靭な」彼に、私はちょっと恋してしまったかもしれない。というのも、彼についての描写を、読み終わった後改めて2度も読んでしまった。また会いたい、に近い心情で。

ある人物をどう描くか、どの側面を切り取るか、というのは作家の力量の見せ所だけれど、オンダーチェの選ぶミスター・マラカイトの日常はあまりに美しく崇高で、でもそれは私の愛しているありふれた世界の延長でもあり、とにかく読み返さずにはいられなかった。

私は一人称の小説がとても好きだけれど、この作家に限っては、一人称より三人称の方がいいな、と思った。
とにかくディテールの描写が良い。
だから、キャラクターの視界にしばられない三人称の語りの方が良いのかも。

ミスター・マラカイトの描写以外にも、少女時代の母と屋根ふき一家の末息子が互いを知るようになっていくシーンもとても好きだった。二人の個性が、視線の先、表情、しぐさなどに現れる。まるで映画のようにリアルに鮮やかに二人の姿が目に浮かぶ。

あと、「イギリス人の患者」同様、登場するアイテムにもたまらなく心ひかれます。
特に今回は気になるアイテムがとても多くて、いちいちグーグルさんに聞いているととんでもなく時間がかかって大変だった。(そういう調べ物も楽しいひとときなんだけれど)

たとえば、ダーターが乗っていたというモーリスという車。
屋根を葺くための道具。ロング・イーヴス・ナイフ、フルー・ナイフなんて初めて聞いた。調べているうちにイギリスの「屋根の葺き方」についてのサイトを長時間読みふけってしまった。
チェスの天才、ポール・モーフィーの有名な対局、「オペラ」について。彼の短い生涯について。
「ブルー・ウイングド・オリーヴ・ニンフ」という名の釣りのフライ。ガチョウの羽を使う!
アナグマのコート。(アナグマの毛皮がどんなものか知らなくて画像検索)
「トリニティの屋根に登るための手引き」。今もAmazonで売られていて、ちょっと驚く。山登りガイドのパロディ的に書かれたみたいですね。
・・・てな感じで、インターネッツ笑に感謝感謝。

物語の全体の設定は、「イギリス人の患者」もそうだったけど、ちょっと荒唐無稽すぎてツッコミどころがなくもないのだけど、こうしたディテールの描写や登場するアイテムが美しく楽しく魅力的で、読んでいて本当に幸せだった。

読み終わって、別の小説を読み始めたけれど、どうしてもこの本の世界を引きずってしまって、なかなか次の本に入りこめない。それが今ちょっぴり困っているところです・・・。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(海外)
感想投稿日 : 2020年1月20日
読了日 : 2020年1月20日
本棚登録日 : 2020年1月20日

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