戦下の淡き光

  • 作品社 (2019年9月13日発売)
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感想 : 23
5

『イギリス人の患者』を読んでからずっと気になっていた、カナダを代表する作家、マイケル・オンダーチェの7年ぶりの最新作。

物語は主人公のナサニエルの回想を通して語られます。
「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」という一文から始まります。
舞台は第二次大戦直後の霧深いロンドン。

第一部はナサニエルが14歳当時。
父の海外赴任に母もついていくという理由で、姉のレイチェルとイギリスに置いていかれ、両親の友人で”蛾”というあだ名をつけた男に面倒をみてもらうことになりますが、ナサニエルの家は”蛾”の仲間たちのたまり場になってしまいます。
そして母は、本当は父と一緒に行っておらず、違う行動をとっていたことを知り、ショックを受けます。そしてまたナサニエルは”アグネス”という少女と恋に落ちます。

第二部はナサニエル28歳の頃。
情報部での職に就いたナサニエルは、母が通信士だったことを知ります。
母の過去を探って、母の仲間で母が慕っていたマーシェ・フェロンという男の存在を知ります。
ナサニエルの母、ローズ・ウィリアム(コードネーム、”ヴァイオラ”)と恋多き男のマーシュ・フェロンはローズが子供の頃からの知り合いでその関係が、なんとも哀しいと思いました。
ローズが、家族を捨ててまで飛び込んでいった、スパイの世界と一人の男との関係が、なんとも美しい詩情に溢れた筆致で描かれています。
そして、ナサニエルの悲しみ。
アグネスとの恋の終わり。
去っていって行方のわからなくなってしまった姉のレイチェル。
戦後ヨーロッパの混乱期のひとつの物語の終焉。
ローズのそれほど長くなかった一生は、果たして幸福だったのだろうかと考えました。

訳者あとがきによると、オンダーチェは本書の執筆に三、四年かけておりさらに編集に二年の歳月を要したそうです。オンダーチェ文学の最高傑作とおっしゃられています。



以下、覚書。
「これからは、あなたとは距離を置かなくちゃ。わたしにとって大事すぎる人だから」(P230)
「ふたりの物語を紡ぐ詩に、ぴったりとおさまる言葉はない。あの晩、鉄製のストーブのそばで始まった関係を断ち切ったのは誰だったのか。あるいは何だったのか」
(P230)
「彼女は決心したのだろう。今のうちに本来の自分に立ちかえり、彼とは離れたままでいようと」(P231)
「人生の唯一の目的は、どこまでも青い川を渡って遠方の友人に会いに行くことではなく、教会の祭壇からまたべつの祭壇へ旅することだとでもいうように」(P249)
「彼は長年ずっと、彼女の望むすばらしい景色を見せてきてくれた。だが今、彼女は思う。もしかすると目の前にある真実は、確信をもたない人だけに、明らかにされるのではないか」(P251)
「だから母はさなぎの殻を破って、若き日に誘惑の種をまき散らしていった。マーシュ・フェロンとともに活動する道へひそかに進んだのだ。母が求めていたのは、自分が全面的に関わることのできる世界だったからではないだろうか。たとえそのせいで十分に、そして安全に愛されることが叶わなくなるとしても」(P256)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: マイケル・オンダーチェ 海外 カナダ 小説
感想投稿日 : 2019年10月21日
読了日 : 2019年10月21日
本棚登録日 : 2019年10月21日

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コメント 2件

やまさんのコメント
2019/11/14

まことさん
こんにちは。
「折々のうた 春夏秋冬・秋」この本を読んだ事が有りますか。
大岡 信 著
やま

まことさんのコメント
2019/11/14

やまさん♪こんばんは。
「折々のうた」は確かずっと前、朝日新聞を購読していた時読んでいたような記憶がありますが、その本は、読んだことがありません。
大岡信さん、お好きなんですか?

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