・「愛よりもいくぶん確かなものとしてカモメに投げるかっぱえびせん」
カモメにかっぱえびせんをあげながら、愛の不確かさを思う。
はじまりの「愛」という大きくて重たい言葉と、最後の「かっぱえびせん」のカラッとした軽さのコントラストが好き。
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・「お土産にされて売られてほんとうは誰のものでもない星の砂」
「されて売られてほんとうは」のながれるような響きが好き。
誰もが一度は目にしたことのある、星の砂。
お土産に「されて」いる、きっと誰かがお金を払って自分のものにするであろう、星の砂。
自然の一部であったはずの、自由な星の砂が瓶詰めにされている悲しみがある一方で、瓶詰めになりながらも「誰のものでもない」希望があるようにも聞こえる。
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・「お母さんの顔をしてる」と言われおり観覧車もう沈みはじめて
好きな人に、「女」ではなく一人の「母」として見られることの切なさ。
きっと観覧車には二人きりだけど、心は観覧車とともに沈みはじめている。
若さを失いつつある自分と、沈みゆく観覧車が重なる。
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・「昆虫記 子は読み終えてこの人は少し悲しい人かと問えり」
ファーブルの昆虫記を読み終えた息子さんの一言。「寂しい人」でも「可哀想な人」でもなく、「悲しい人」。美しい感性が遺伝している。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2020年1月18日
- 読了日 : 2020年1月17日
- 本棚登録日 : 2020年1月17日
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