「甘え」の構造 [増補普及版]

著者 :
  • 弘文堂 (2007年5月15日発売)
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「タテ社会の人間関係」(中根千絵)、「菊と刀」(ルース・ベネディクト)などと並んで、日本人論の代表作ともいえる本書ですが、切り口はかなりユニークで、「甘える」という概念から日本人を議論しています。甘えるとは他者への依存心でありますが、これはつきつめると他者との同一感、一体感を得たいという欲求でもあります。著者によれば人類、果ては犬までも甘える行為は見られるものの、「甘える」というような言葉は他の言語ではほとんど見られないとのこと(英語でも甘やかすという意味でのindulgeなどありますが、自分が能動的に甘える、という言葉はない)。つまり日本人は人間の本能的な行為をやまと言葉で発明したわけですが、甘えると関係した語彙が日本語には豊富であることを示します。

ほとんどの人がそうだと思いますが、「甘える」という言葉自体は小さいころから知っていて(〇〇ちゃんは甘えん坊ですね、と親戚や知り合いの大人から言われる)、それが何を意味しているかはわかっているものの、著者ほど深く考える人はいないでしょう。私自身も人生で初めて「甘えるとは何か」というお題を深く考えさせられた気がします。

甘えることは依存欲求ではありますが、より根源的には同一化欲求である、という説明は腹落ちしました。すると日本には「同調圧力」という言葉がありますが、実はその圧力は外部からというより自分自身の内部から生まれているのではないかとも感じました。またコロナウイルスによってサラリーマンの多くが強制的にテレワークをしましたが、テレワークに反発する人も多かったと聞きます。これなどは日本人の「甘え」、つまりテレワークでは組織との一体感、同一感が失われるとする危機感のあらわれと見ることも可能かと思いました。

本書では日本だけでなく西洋(欧米)との対比もなされていますが、私が最も興味深かったのは、なぜ欧米人は個人主義が進んだのか、という点についての最後の著者の主張です。欧米でも中世までは単一組織にしか所属することが許されていなかったが、近代化の過程で複数の集団に所属することができるようになった。これこそが自己意識、あるいは個人主義の強まりにつながっているのであって、確かに1つの組織への忠誠を誓わされ、転職や副業も欧米ほどは容易でない典型的な日本企業に働いている人の場合は、「その組織から放逐されないこと(同一化を維持すること)」が最大の関心事になるのでしょう。つまり裏返せば、日本でも転職や副業/兼業が欧米並みに当たり前になったとき、「甘え」は徐々に見られなくなる、ということなのかもしれません。本書は様々な思考のきっかけを与えてくれる良書でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年5月6日
読了日 : 2020年10月25日
本棚登録日 : 2023年5月6日

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