グロテスク

著者 :
  • 文藝春秋 (2003年6月27日発売)
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感想 : 369
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人間という一塊の生物がその束の間の時間と空間にとどまる間、自分勝手に各々が想像力を駆使して織りなす幻想の中でもがき苦しむ姿を俯瞰で見せられた気がする。誰もが主観の中で訳知り顔に物語を紡ぎながら必死に生存争いを繰り広げているだけ。世界の深淵に触れたと思った、そしてその傍から見失ってしまう。この作品にはそんな絶妙な世界のつかみどころのなさと生き物でしかない人間の哀れを感じさせどうしようもなくさせる。あらゆる幻想から解放された先には自由と勝利による征服感が待っているのかも、あるいはもっとグロテスクな世界が広がっているだけなのか。娼婦としての人格描写の精緻な分析のされ方は見事、最も弱者の極みから世の中を眺めることから世界の矛盾やシステムの綻びを見つけるというのが常套であり分かり易い結び付け方だと思ってきた。真面目であるということが、弱く惨めでありもしない幻想に漂うことで生きる素っ裸のみっともない人間が獰猛な欲望という大河で泳ぎ息切れしていく姿を最もわかりやすい象徴として「東電OL殺人事件」を背景に人物描写されていく和恵の主観世界から汲み取るものはどこかの水脈でつながっている人間の本質的な惨めさであり、どんなにもがいても所詮半神動物として前頭葉を持つ理性的合理的人間との間に流れる大いなる矛盾をわかりやすく表現されている気がする。
奇形的な美しさで生まれたユリコは完全に自己を疎外し、モノ化することでぎりぎりの自我を保っている。どこまでも厭世的で、怪物的な自らの美の前で一切の努力は水泡に帰すことを誰よりも自分で認識しているようで、それをうらやむ姉も幼いころから比較されることで実際にはただの僻みであるが悪意を育てたと称し、他人が作った競争の場には敢えて参加しないという立場を敢えて選んでいる自分という立ち位置を維持し別の時空で他人の競技する姿を嘲笑するという悪趣味な遊びで世の中の人間のありようを傍観者として一切の感情を捨てたように語っている。少しでもゆすぶられると本当は壊れそうな自分の世界を立場を、優位性を感じさせる悪意を進化させ嫉妬の膿を放出させて生きる様は、実際には何度も作中で他人に見透かされてばかりいるという哀れな生い立ちだ。誰もが競争の中で擦り切れて傷つき傷つけあってボロボロになって喘ぎながら世界を手に入れる手段を模索する。男は微量の白い液体という結果を求めて四苦八苦し、この世界を作り、男の作ったその世界という幻想の中での競争は所詮女の生きる世界ではないという現実を思い知らされるまでをある二人の娼婦、美人コンテストでの負け組女の遠吠えから語る見事なストーリー構成。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2015年6月11日
読了日 : 2015年6月15日
本棚登録日 : 2015年6月7日

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