Who Gets What: マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学

  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (2016年3月1日発売)
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アルビン・E・ロス『Who Gets What and Why』(櫻井祐子訳、日本経済新聞出版社、2016年)は、マーケットデザイン(取引制度設計)の第一人者による同分野の啓発書である。本書の主張は、成功するマーケットの裏には理屈があり、その理屈を応用して取引制度設計や調整を行うことで社会全体の利益を拡大させられる――というものだ。

たとえば小麦はコモディティ(匿名化された財)と考えられている。売り手も買い手も好きなときに好きなだけ取引が行える。だが、これは決して「自然」な姿ではない。小麦の品質がバラバラであれば買い手は小麦を評価しなければならず、実際に過去の小麦市場は見本市のようだった。現在の仕組みは、シカゴ商品取引所が品質等級を導入することで達成されたものだ。同様のコモディティ化は、コーヒー豆においてはエチオピア商品取引所の開設(2008年)によって今世紀に達成されている。コモディティ化は、制度設計の1つの方向である。

ところが、コモディティ化できない取引もある。たとえば住宅は一般に個別性が高い。婚姻や就職など人と人とを結びつける取引(マッチング)も、そうである。このような性質をもつ財でマーケットを成立させるには、何が重要か。著者は①厚み、②混雑の解消、③安全性、④簡便性が必要だと説き、腎臓交換プログラム、研修医マッチング、公立高校選択制など実際に携わった制度をもとに、失敗したマーケットを改善する様子を描いている。

私はニューヨーク州の公立高校選択制度の事例に膝を打った。かつての制度では、マッチングに失敗し入学直前に事務局が一方的に進学先を割り振る生徒が毎年3万人出ていたのだという。また、生徒が「第一志望」として表明した高校が第一志望ではないケースもあった。安全策をとって志望校のランクを落とすのだ。新制度で採用された「受け入れ保留アルゴリズム」では生徒の志望順位に関係なく選考が行われるため、生徒が本心のまま志望順位を書けるようになっている。理論的には「安定マッチング」といい、ゲールとシャプレーによって1962年に証明されている。

なお、理論的に正しい制度が常に採用されるとは限らない。まず、既存の制度には既得権を有する者があり、そうした関係者との利害調整が必要になるためだ。また、ある種の取引(麻薬、臓器売買、売春など)は、取引自体を不快とみなす人間の感情もある。では、不快なものを一律に禁止すればよいかというと、そう単純ではない。闇取引が横行し、反社会勢力が利益を得る結果に陥ることを、米国は禁酒法で経験している。著者は言語を引き合いに出し、既存の市場の改善が容易ではないとしても、機会をとらえて設計・改善していくことが可能だと締めくくる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2019年12月8日
読了日 : 2019年12月8日
本棚登録日 : 2019年12月8日

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