第144回(平成22年度下半期)直木賞受賞作。
「現代と(描く時代を)ズラすことによって、より現代を照射できる」と受賞後に著者が語ったとおり、自分を取り巻く環境が時々刻々と変わる(ことが当たり前になってしまった)現代で、自分の行く末を案じつつ一歩を踏み出しにくくなっている現代人に贈られたメッセージのような物語。
明治維新後、武士階級を失った主人公の定九郎は、根津遊廓の妓楼の立番(客引き)に流れ着いてもなお、武士という血統と家族から逃れられずしかし周囲のように新時代への希望も持てずに、女を抱いては気を紛らわす日々を送っていた。
物語は妓楼の美仙楼を舞台に、上司にあたる妓夫太郎の龍造と下っ端の嘉吉、楼でNo1花魁の小野菊、花魁をひやかしにやってくる噺家見習いのポン太などによって根津遊廓の日常という限定された世界を描く。舞台を広げなかったことが、登場人物の描写を濃くし、読み手の感情移入を容易にしている。例えば龍造・定九郎・嘉吉の関係は、現代の会社での上下関係にかなり近いし、遣手(客に応じた花魁をあてがう役の女)が龍造への文句を定九郎への応援という形に変えて表現する様など、複雑な人間関係は現代のものと遜色ない。読み手はいずれかの登場人物に自分を投影する事ができるはずである。
物語後半には主人公定九郎の運命が周囲の人物たちによってかき乱される。いつでも逃げられるはずの定九郎と、遊廓という世界で最も自由がないはずの花魁が、とんでもない騒動を巻き起こす。おかれた状況に甘えてくすぶるのか、何かをもとめて一歩を踏み出すのか。明治初期の激しい時代に生きた人々の悩みに共感し行動に勇気づけられる、現代を生きる私たちが何かを学べる一冊と言えるかもしれない。
- 感想投稿日 : 2012年8月14日
- 読了日 : 2012年8月14日
- 本棚登録日 : 2012年8月14日
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