英国生まれの短い素話で「だんなも、だんなも、大だんなさま」というのがある。
ひとりの娘を女中に雇っただんな様が、家じゅうの色々なものに独特の名前を付けていく。
その名前の奇抜さに笑っているうちに、話はきりきりと進んでいく。
この本は、その素話へのオマージュのような味わいがあり、なんとも愉快な一冊。
作者は【マドレーヌ】のシリーズで有名なルドウィッヒ・ベーメルマンスさん。
文章も絵もシンプルでちょっととぼけた味があり、読みながらくすくす笑いが漏れる。
そして翻訳は江國香織さんという素敵な組み合わせ。
オーストリアのメルクという小さな町に住む、善良なバティストさんは65歳。
かつては多くの王様たちの下で忠実な執事として働いてきた。
さてある日、新聞広告で九番屋敷のハンガーブルグ=ハンガーブルグ伯爵が男性執事を
求めている事を知る。
さっそく応募して採用されるが、この伯爵が「大だんな様」だったというわけ。
身の回りの様々なものに、独自の名前を付けていくその可笑しさ。
【この世のすべてのものがひどく間違って名づけられていることに胸を痛めている】からと
【犬】は【互いに互いの友達】で、バティストさんは【何か持ってくる】という名前に
なったりする。
さぁ、いっぱいある変な名前を、覚えるだけでも大変。
そしてこの後、とんでもない展開になっていく。
最後はとても笑えないのだが、やっぱりしみじみと可笑しくて笑いがこみ上げる。
オチもよく出来ていて、何だか子どもの頃の自分を思い出してまた笑ってしまうのだ。
私もまた、身の回りのあらゆるものに自分だけの名前を付けていた。
「自分だけのもの」が欲しくてやっていた、ひめやかな遊びだったので
伯爵とはだいぶ違うが、オチは酷似している。
バティストさんの優秀な執事っぷりも拍手大だし、伯爵の世間からのズレっぷりも見事。
バティストさんと伯爵と犬と猫は、この後幸せに暮らしたんだろうな、と十分に想像させる。
おっとりした静かな出だしとは裏腹の展開も、おおいに楽しい。
翻訳された江國さんも、楽しかっただろうなぁ。
大人向けの、ちょっと品のある人間喜劇。
- 感想投稿日 : 2015年9月10日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2015年9月6日
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