NHK「100分de名著」ブックス 荘子

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  • NHK出版 (2016年8月23日発売)
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:最も強い主体性は完全な受け身である
 荘子の最大の関心ごとは主体性であった。逆説的だが、自分の外側で起こる変化を全て受け入れられる柔軟性を持ち、完全に受け身に徹した時こそ完全な主体性を得ることが可能なのである。精神分析学においても、完全に身を任せられることが完全な主体性の確立であるとされているという。
 この受け身の姿勢は、一般的に「待ち」の姿として理解されているものとは似て非なるものだろう。なぜならば、完全な受け身の姿勢においては常に変化に合わせて動かなくてはならず、何かを待っていることなどできないからである。つまり受け身でいるというよりは、流れに逆らうような意識がないから上手く流れ流されることができるという、無意識の状態が受け身だと表現されているのだろう。一言で言えば無意識に能動的であることこそが完全な主体性なのだ。

:「遊」の境地
 遊とは時空間に縛られない世界のこと。老子から受け継いだ道と違い、荘子独自の概念である。これは名人と言われる人たちが行き着く境地で、一言で言えば無意識にできてしまうことである。そして何かを無意識にできるようになるには反復練習をするしかない。理屈を忘れるほどの反復練習によって到達できる無意識の境地が遊である。そしてこの境地がありのままでいるということなのである。

:フロー
 遊の境地に至る反復練習は、知性や理性を抑制する。受け身ではなく、能動的に本気で反復練習を行うことで、この境地に達することができる。このような没我の時間は今風に言うと「フロー」である。これは歓喜を伴うクリエイティブで想像力豊かな時間だ。そして自己の狭い視野を破る訓練(反復練習)によって、私たちは驚くほど平静に変化する世界を眺められるようにもなる。読書はこのような自己の視野から抜け出すことを助けてくれる。
 なぜそんなに努力家なのか?と周囲から恐れられているのに、本人は全く努力だと思っていないということはよくある。おそらく努力は意識的であるのに対して、反復練習(継続)は無意識的な遊びなのである。両者の認識の違いは行為の継続に意識が介入しているかしないかということなのだろう。

:総評
 荘子の思想の概観ができる良書。また近年注目が集まる「フロー」やマインドフルネスなどの現象に、科学的な側面からではなく思想的な側面から光を当てている点は評価されるべきだろう。従って荘子の入門書としてだけではなく、自己啓発の書としても楽しむことができる1冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 哲学
感想投稿日 : 2022年3月19日
読了日 : 2022年3月19日
本棚登録日 : 2022年2月28日

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